ツインミュージック 綱吉にはまずもともと友達が少なかった。それは、綱吉の性格に起因していた。 綱吉は、何をやらせてもダメダメだ。バイオリンに関してはあまり当てはまらないが、そのダメっぷりは目を覆いたくなるものがある。運動をさせても、勉強をさせても、家事をさせても、駄目なのだ。苦手だ嫌いだの問題などでは早速くくれるはずもなく、よほど才能がないのだと思われる。 おかげで、休日遊ぶ友人がいないために、バイオリンの練習ばかりしていて、うまくなった節もあるのだが。 だが、無論そんな綱吉にも一人や二人の友人はいる。 「沢田さん!!」 その一人が、今綱吉を呼んだ獄寺隼人である。町の中でバイオリンケースを肩にかけ、一人歩いていた綱吉は、突如として名前を呼ばれたことに驚いて、ものすごい勢いで振り返った。その先にいるのが獄寺だとわかると、安心したように肩を下げる。 「あ、ああ、獄寺君か。びっくりしちゃった。誰かと思ったよ」 弱弱しく眉を下げて綱吉が笑うと、獄寺がこれまた眉尻を下げながらすみませんと返した。 獄寺は、綱吉を異様に慕う。それこそ、綱吉が死ねといえば死んでしまうくらいに。綱吉も、実は何故そこまで慕うのか、その理由を知らなかったりする。だって、会った当初は、それだけで人一人を殺せてしまいそうな眼光をもって綱吉を睨んで来たのだから。それが、次の日には「沢田さん」と言って犬のように懐いてくるのだ、始末が悪い。次にあったときに、鳥肌が立ったのを今でも覚えている。 しかし、獄寺はかなり見目がいい。音大内でもかなり人気があるのだ。その人気は、バイオリン科の綱吉の耳にまで届いている。背も高く、並んで歩くと嫌と言いたくなるほど身長差があり、今だって彼を見上げながら歩いているのだ。両脇から飛んでくる嫉妬の視線も非常に痛い。何故獄寺は、女性たちのこの視線に気付かないのだろうか。 「あん?何だテメーら。沢田さんにガン付けてんじゃねー!!果たすぞ!!」 しかも、何故綱吉にガン付けているなどと誤解したりするのだろうか。 (獄寺君、君への熱い視線だよ・・・) 周りで蜘蛛の子を蹴散らすように散っていく女性たちを見ながら、綱吉は心の中で獄寺に言った。それから心の中で女性たちに謝る。貴女達が立ちたい獄寺君の隣に、俺みたいな冴えない男がいてごめんなさい。 獄寺は、綱吉のそんな心中など知る筈もなく、バイオリンケースを見て明るい声を出した。先ほど、女性たちに向けて出した声とは程遠い。 「ところで、休日にバイオリンのレッスンでもあるんすか?」 綱吉がリボーンのレッスンを受けるのは、基本的に平日の夜、九時頃からだ。綱吉は、リボーンがいくら天才バイオリニストとて、子供なのだから夜間はあまりよくない、というのだが、聞き入れてもらえたことなどない。リボーンが良いと言っても、綱吉はやはり納得いかないものである。綱吉は飽くまで善良な一市民であるので。 獄寺が休日にレッスン、と言ったのは、その前後を全て知っているからだ。(しかし、綱吉は教えた覚えがない。) 綱吉は緩く頭を振った。 「ううん、違うよ。コンクールでピアノを弾いてくれる人が見つかったから、そっちで練習」 その人雲雀さんっていってね、すっごいかっこいいんだ。笑顔で続ける綱吉とは反対に、獄寺の顔は曇る。 獄寺はピアニストだ。まだまだひよっ子ではあるが、少なくともコンクールでは優勝するほどの腕前である。しかし、綱吉はその事を知ってかしらずか、獄寺に伴奏を頼むことはなかった。リボーンが「獄寺は伴奏に向いてねぇ」と言ったのと、友達に頼むわけにもいかない、という綱吉の考えの下だが、獄寺がもちろん知っている筈もなく、獄寺だけが酷くショックを受ける結果となった。 その事が、未だ獄寺の心に残っているのである。 「・・・・・腕は確かなんですか、そいつ」 「そいつ・・・って獄寺君・・・」 綱吉は苦々しく笑いながら首肯した。 「うまいよ。俺にはもったいないくらい」 獄寺は今度こそ死ねると思った。綱吉は、どうやらその「雲雀」という男をとても信頼している様だ。きっと、その位置は今まで獄寺だったに違いない。(と思っているのは獄寺だけだが。)だから、そう思うと雲雀に憎しみが湧いてくる。 俺じゃダメなんスか、と掴みかかろうかと思ったが、綱吉を驚かせたい訳ではなかったから、何とか踏みとどまった。はぁ、と思い溜息をつく。 獄寺は、特に行くところもなかったので、とりあえず綱吉と並んで歩いた。夏日に似つかわしい陽光が、じりじりとアスファルトを焼いているせいで、足元から熱気が上ってくる。あらぬところへ視線を飛ばしていた獄寺は、綱吉が立ち止まった気がして、視線を綱吉に向けた。確かに、綱吉は止まっている。 「どうしたんスか?沢田さん」 「雲雀さん家、こっちからだから」 綱吉がニッコリと笑うと、彼の後ろに続く細い上り道に目をやった。獄寺の思い違いでなければ、そこの辿り着く先は高級住宅街だ。 「金持ち、みたいですね。そいつ」 「うん。中でも、大きなお家だよ」 それじゃあね、と笑いながら綱吉は手を振る。獄寺は一歩踏み出し、その振られた手を握った。 「俺も、ついて行きます」 大真面目な顔で言われれば、綱吉は頷くしかない。 獄寺は、ついて行くと言ったとおり、綱吉の後ろをついてきた。陽光がとても暑いのに、獄寺も何故だかとても暑苦しくて、あまりの暑さに綱吉は倒れてしまいそうだ。 しかし、雲雀の家に着き、門扉を開けて中に入れば、不思議と暑くなかった。体感温度がぐんと下降し、小さな林のような庭を抜ける風がとても心地よい。ほーと綱吉は安堵の溜息をついた。 ひばりが住む家は、落ち着いたクリーム色が基調となっていて、屋根だけが少し濃い茶色となっている。庭に面接した数個の窓は、全て出窓仕様だ。一度はこういう“スイートホーム”を持ってみたい、と女性ならば思うような家である。(雲雀には、そういう女性はいないのだが。)要するに、見た目がとてもいいのである。しかし、外装に凝っているばかりでなく、内装もしっかりしていた。 「・・・すっごいキレイな家っスね。俺のダチがここら辺に住んでるんスけど、何だかゴチャゴチャしてて、どうも好きじゃないんですが・・・」 「まぁ、この雲雀さんがそういうの嫌う人だから」 わびさびってやつかな、と綱吉は笑みを浮かべ、インターホンを押しながら言った。少しして、低い声がすると、綱吉は名乗ってそれからドアノブに手をかけた。ノブを回し、ドアを開くと、綱吉の動きに呆気をとられていた獄寺を見て笑った。 「行こっか」 廊下をずんずん進んで行くと、突き当たりがレッスン室となっている。綱吉が勝手知ったる足取りで家の中を歩いているのを見て、獄寺は目を丸くした。綱吉の姿に、躊躇いが見られないからだ。先を進む綱吉の華奢な背中を見ながら、獄寺はポツリと呟く。 「慣れてますね、」 「ん?あぁ。もう一ヶ月近くこうして来てたから」 雲雀も、やっと慣れてくれたのだと綱吉は言った。突き当たりの部屋に出ると、綱吉はケースをかけ直し、それからノックした。 「雲雀さん、綱吉です」 「入って、」 扉を開けると風が吹いた。髪を押さえながら、獄寺は部屋を見回す。結構な大きさがとられたその部屋の壁は、小さな穴が開いていた。大きい型のグランドピアノが真ん中にドン、と置いてある。 中央に目を移すと、一人の秀麗な青年がいた。短く切られた髪は漆黒で艶があり、顔のパーツどれをとっても美しい。彼が雲雀恭弥なのだと気付くのに、そう時間は要さなかった。獄寺が睨み付けるように雲雀を見ると、雲雀も睨み返す。 「その、後ろにいるのは?」 「え、あぁ、この人は、俺と同じ音大の同級生です。ピアノ科なんですけど、雲雀さんの話をしたら聞いてみたいって、」 「・・・初めまして、獄寺隼人です」 「ふぅん。僕は雲雀だ」 態々、丁寧に頭を下げてまで自己紹介したのに、簡単に無視されて獄寺はキレる寸前だ。しかし、綱吉が抑えて抑えてと小声で言ってきたので、何とか保つことが出来た。そんな二人のやり取りを知らずに、雲雀はピアノの楽譜立に置いた譜面を見ながら、綱吉を呼んだ。 「沢田、早くやるよ。今日は暑いから、さっさと済ませたいんだ」 「はい、分かりました」 当初は強い口調で言われたらあたふたしていただろうが、さすがに一ヶ月も付き合ってくると慣れてくる。雲雀は、別に綱吉が嫌いでああいう口調な訳ではない。ただ単に、彼の癖なだけなのだ。そういう事も全て知っていたから、綱吉は冷静に返した。 獄寺に適当に座ってて、と言い残し、自身は部屋の片隅でケースを開く。いつもの輝きが目に見えて、綱吉の心は弾んだ。 「お願いします」 「うん。それじゃあ、やるよ」 最初の頃は、お願いしますと言っても何の反応も示さなかったが、今では返事が返ってくる。それだけ、雲雀の中で綱吉は許容されているのだろう。 獄寺は部屋の片隅で、雲雀の力量を見極めてやろう、と身構えた。開け放った窓から、風が流れていく。 |