ツインミュージック



 遂に、待ちに待った初顔合わせだ、と心を弾ませながら、綱吉は約束の地に赴いた。バイオリンがケースの中でかたりと揺れる。
 あの日の後、詳しいことはリボーン・ヒバリ間で行われた。二人の間に綱吉はいない。一番最後に、どこに行けばいいかを知らされただけだ。なんとも手前勝手な話である。
 そのことを伝えると、リボーンはすぐに綱吉を返そうとしたが、綱吉は慌ててリボーンに縋りついた。
「あの、リボーンっ!!」
「あぁ?」
 リボーンは「あんだテメー偉そうにリボーンだとぬかしてんな」とでも言いたげに綱吉を睨んだ。その眼光の余りの鋭さに、慌ててリボーンの服を離し、小さくなる。
「あ、の、リボーン・・・先生・・・」
「なんだ」
フンッと鼻を鳴らし、リボーンは腕を組んだ。偉そうなのはどっちだよと綱吉は思ったが、言ったら殺される(良くてバカにされる)だけなので、その言葉は胸に留めておいた。綱吉は構わず続ける。
「そのヒバリって人、どんな人なの、なんですか」
 タメ語で言うと睨まれたため、慌てて敬語に言い直す。ふむと小さく呟いて、リボーンは少し考えていたが綱吉の顔を見上げた。にたりと笑って綱吉の頬を引っ張る。あいたーと叫ぶ綱吉のことは無視した。
「とんでもないヤローだぞ」
 睫毛の長い可愛い顔で言われると、ヤバイ本当だと思い、少し、その「ヒバリ」に会いたくなくなったが、しかしピアノの腕は本当だぞというリボーンの言葉に小さく首を振った。
 要は腕が大切であって、性格はまぁおいておけばいい。とにかく、腕がよければ綱吉はそれでいいのだ。
 最後にありがとうリボーンと言うと、リボーンはきょとんと瞬きをした。その吃驚したようなリボーンの顔に、綱吉が逆に驚いたが、なんとなく微笑ましい。リボーンがこのように、感情を顕著に表すのが珍しいのもあるし、やはりそのように子供らしい顔をしたリボーンが可愛かったからだ。クスッと綱吉が笑うと、リボーンは脛に蹴りをいれた。
 結局その後蹲った綱吉を、リボーンがずりずりと引っ張って、レッスンのある家から放り出したのだが、バイオリンだけはリボーンもそっと綱吉の上に置いた。
 そして冒頭に戻るのである。
 綱吉は、リボーンから貰った地図を頼りに一人てくてくと歩いていた。肩に掛けているバイオリンケースのベルトが、肩に食い込み地味に痛い。
 ヒバリの家があるのは、地元でも有名な高級住宅街だった。大きな家々が立ち並び、「ヒバリって人、金持ちなんだぁ」と綱吉は一人ぼやきながらケースを肩に掛けなおす。その住宅街でも、やはり大小さまざまで、綱吉が地図の通りに行った先は、
「でっか・・・・」
とてつもなく大きな豪邸だった。
 表札を確認してみると、「雲雀」と書いてある。
「・・・・?くも、すずめ・・・・・??」
 少々おつむの弱い綱吉にはくもすずめとしか読めない。やっぱり間違えたのかなぁと、一人門の前でうんうん唸っていると、後ろから若い男の声がした。
「人んちの前で、何してるの」
 落ち着いたテノールの声に、綱吉は大げさに肩を跳ねさした。まさか、人が来るとは思わなかったからだ。どうやら門の向こうの住人らしいその男は、端整な顔立ちだった。
 思わずかっこいいなぁとぼやくと、彼は片眉を吊り上げた。
「何してるのって、聞いてるんだけど」
「あっ、はっ、この家はくもすずめさんのお宅でしょうか!」
 余りの迫力に慌てて綱吉は叫んだ。一瞬、静寂が訪れる。しぃんと住宅街が白けたような気がして、綱吉はそわそわしだした。腕組みをして立っていた彼が、静かに低く呟く。
「・・・・くもすずめ?」
「え、あの、くもすずめ、じゃない、んです、か・・・」
 語尾が小さくなっていく。彼はフンッと鼻を鳴らした。あからさまに綱吉を馬鹿にしている。間違ってたんだ!と綱吉は顔を赤くして、俯いた。
「くもすずめって読むんじゃないよ、『ひばり』だ」
 バイオリンに目を流し、その様子だと君が沢田かい?と青年・雲雀が尋ねる。
「あ、はい」
 顔を赤くしたまま、綱吉は顔を上げて、僅かに頷いた。雲雀は門を開けて、振り返る。
「早くしてよ。ちゃんと閉めてね」
「はっ、はい!」
 またケースを掛けなおし、慌てて雲雀を追いかける。
門の向こうも、やはり綺麗だった。丁寧に手入れされた庭園が広がっている。キョロキョロと周りを見回す綱吉を、雲雀は不思議に思った。
「そんなに珍しい?」
「はい。俺の家とか、こんな・・・。綺麗にしてるんですね」
「ここら界隈の家は、皆こんなもんだよ」
 へぇ、と綱吉は目を見開いた。どうやら、綱吉の目に映る全てが新鮮なものらしい。雲雀も、褒められて悪い気はしない。
 両開きの扉を開いて家の中に入ると、後ろで綱吉が奇声をあげた。振り返ると、また顔を赤くした綱吉と目が合った。恥ずかしそうに上目遣いで雲雀を見ている。雲雀が肩を竦めると、綱吉も苦笑した。
 高級住宅街に建てている豪邸は、流石というべきか、防音完備のレッスン室があった。それにもまた綱吉は驚く。綱吉は、いつも、響きがよい自室を使っていて、態々レッスン室を設けようとも思っていない。やっぱりちゃんとピアニストとして活躍している人は、細かいところにも気を掛けるんだなぁ、と妙なところで感心する。
雲雀は先に入り、グランドピアノの蓋を開け、鍵盤の蓋を開け、という一連の準備を済ませると、「入って」と声を掛けた。綱吉は転げるように中に入り、実際こけた。バイオリンだけは、何とか死守する。
「大事な愛器だろう?ヘマしないようにね」
「う・・・はい」
 また綱吉は顔を赤くして、部屋の隅で慌ててバイオリンを出した。
 A線(アー線)の音を合わせるためにラの音を叩いてもらい、小さく音を出す。綱吉のバイオリンからは、結構な音が出た。そのことに綱吉自身が驚き、身体を揺らす。雲雀は驚いたように、鍵盤から目を上げた。
「さ、さすがによく響きますね、この部屋。いい音する・・・」
「当り前だろ。君の部屋、そんなに響かないの??」
「いや、響くほうですけど・・・」
 多分、この部屋がよく響きすぎるんですよ、と綱吉は部屋を見回しながら言った。結構な広さで、綱吉の部屋より広いのは明白だ。しかも板張りである。そのことを全て雲雀に伝えると、彼は満足そうに笑んだ。
「そんなに部屋数は多くなくていいから。レッスン室は広く取ったんだよ」
「・・・・一人暮らし、なんですか?」
「僕に生涯の伴侶がいるように見えるかい?」
 質問すると逆に問い返され慌てて首を振った。こんな自由気ままに生活しているような男が、結婚しているようには思えない。雲雀はだろう、と頷いた。綱吉はこんな広い家だから、てっきり家族と住んでいると思っていて、暗にその事を言ったのだが、雲雀には伝わっていないようである。
 まぁいいか、と綱吉は一人自己完結して、バイオリンを左側の顎に挟んだ。弓を構える時に、僅かに松ヤニの匂いがした。
「あ」
 これから弾こうとした矢先、綱吉が声を上げた。雲雀はもう鍵盤に指を置き、しかも指に力が入っていたので、フライングで一音鳴る。ギロリと睨まれて、危うく綱吉は叫ぶところだった。急激に下降した機嫌を隠そうともせず、綱吉を睨み続ける雲雀は、さながら蛇のようだ。綱吉は蛇に睨まれた蛙宜しく、小さくなる。
「いや、あの、楽譜出すの忘れてたなぁ・・・・なんて・・・・」
「何で最初から準備しないのさ」
 雲雀は不機嫌な顔のまま立ち上がった。ピアノの譜面が、風に煽られカサリと鳴る。ガタンと荒々しい動作で出された譜面台は、上等な木で作られた物で、綱吉はまたもあんぐりと口を開けた。綱吉の使っている譜面台は、簡易の組み立て式のものである。金持ちってのは、どれもリッチなんだな、と冷や汗をかきながら楽譜を置いた。
 雲雀は、今度こそ大丈夫だろうね、と言いながら、鍵盤に指を置く。どうやら、綱吉の返事を求めているわけではなさそうだ。




     




綱吉は、「ひばり」を「うんじゃく」とも
読めない頭のような気がします。
07 05 21 くしの実