ピアニストが見つからない、と綱吉は焦った。 ツインミュージック 綱吉は、バイオリニストだ。バイオリニスト、と言うと少し大層だが、コンクールではまぁそれなりの中堅どころである。高校入学は、バイオリン推薦だった。 単純に、母に勧められて始めたバイオリンだったが、今ではバイオリンのない生活はありえないとすら思っているほど、綱吉はバイオリンが好きだ。あの柔らかなフォルム、色、音色、全てを愛している。バイオリンには、何千万と掛けてもいいつもりだ。(何億までは少々無理だが) 今年はまたコンクールに出るつもりだった。ツィゴイネルワイゼンとか、そこらあたりの差しさわりのない、しかしある程度難易度の高い曲を弾くつもりである。しかし、その為に同伴してもらうピアニストが見つからない。どうしよう、と思いながら、その手を当ってみるが、どのピアニストもこれ、という人材ではない。 「はぁぁ・・・・」 綱吉が深い溜息をつきながら机に頬を擦り付けるのを見ると、綱吉のバイオリンの師匠であるリボーンまでもが溜息をついた。 リボーンはまだ幼い。しかしながら、その方面での活躍は目覚しいものがあり、何故綱吉が弟子になれたのか分からないくらい、有名なバイオリニストだ。彼のバイオリンは酷くロマンチックで、聴くと俗世の事を一時忘れられる。父・家光のつてで弟子になれたが、あまりリボーンの満足できる弟子ではないだろう。 「おい、ダメツナ。ピアニスト探しにいつまで手間取ってんだ。あと二ヶ月しかねーんだぞ」 「んなこと言ったって・・・・」 綱吉が唇を尖らせると、リボーンはまた溜息をつく。彼の端整な容姿だと、何をしても様になるんだなぁとか、本人に聞かれれば怒髪天をつきそうなことを考えた。彼に緊張感がない、と言われる所以であるのだが、綱吉本人は全く理解していないようだ。 リボーンがバイオリンを置きながら、髪をかき上げた。まだ幼いながらに、そんな男らしい、しかしながら随分色っぽい仕草が似合うリボーンは、凄いなぁとかまた考える。綱吉が興味からバイオリンに触ろうとすると、荒っぽい仕草で手を叩かれた。それもその筈、彼のバイオリンは、名器・ストラディバリウスである。 「・・・・触んなって、何度言ったら分かるんだ、お前は」 「だっ、だって、それストラディバリだろ!?やっぱ触りたくなるよ、」 ほら、俺だってバイオリニストの端くれだし。 それを聞くと、バイオリニストなんぞおこがましいとリボーンは憤ったように言った。綱吉は首を竦める。 「とにかく、お前さっさと探せよ。俺が紹介してやってもいいが、」 「え、してくれんの!?」 首を思い切り伸ばし、両目を輝かせた綱吉だったが、 「高ぇぞ」 その一言でまた机に突っ伏した。 ま、そんなこったろうと思ったさ、とか何とかブツブツ呟く。だがしかし、リボーンも自分の弟子がコンクールで入選しないようなピアニストを連れてくると、困ることは分かっている。それは、リボーンの芸術生命にも関わってくる、重要なことである。綱吉を弟子にとったことは、あまり公言していないが、しかしながら自分の幼馴染は知っていて、しかも弟子がコンクールで入選もしないと絶対馬鹿にしてくることは、痛い程分かっている。だから、綱吉に下手なピアニストを連れてこられるのは困るのだ。 それもあって、うんうん唸る綱吉の横で、リボーンも顎に手を当てながら考えていたのだが、そういえば、と一人いい人材を思い出した。 昔、リボーンの事を赤ん坊と呼んでいた人物で、彼はしかもかなりピアノに長けていた。どうやら、今もピアニストとして活躍しているらしい、と風の噂に聞いたこともある。もしかしたらソイツがいいかもしれない、とリボーンは一人頷いた。 自分よりやや下にある綱吉の頭を、思いっきり叩く。あいたっ、と綱吉が呻いたが、鮮やかにスルーした。 「ダメツナ、イイ奴がいるぞ」 「うそっ」 「うそなんかつかねぇよ。ヒバリっつー奴なんだが、腕はいい奴でしかもメジャーに出てる奴じゃねぇ。メジャーじゃなけりゃ高くはつかねぇだろ」 「やった!!」 ありがとうございますリボーン先生!と、こんなときしか敬語を使わない綱吉をまた叩き、携帯を取り出した。 「何で早く教えてくれなかったんだよ、リボーン!!」 「今思い出した」 少し息巻いた様子で捲くし立てる綱吉に、リボーンは冷静に答えた。携帯のアドレス帳から、ヒバリの名を探しだし通話ボタンをプッシュする。 ワクワクと机から身を乗り出す綱吉の顔を、片手で押さえつけながら、リボーンは携帯を耳に当てた。 「・・ヒバリか??俺だ」 リボーンが電話越しに、「ヒバリ」という男と会話を進めるのを、綱吉は胸を躍らせながら眺めた。頭上ではとんとん拍子で話が進んでいく。リボーンは最後に頼んだ、とだけ言って、通話を切った。 ふっ、と息を吐いて携帯を畳むと、リボーンはぎょっとした。下から綱吉が目を輝かせながらリボーンを見上げていたのだ。苛めたくなる衝動にかられたが、我慢する。 「リボーン、旨くいったんでしょ!?」 「ん、まぁな。ヒバリは俺の頼みは断んねぇし」 にやりとニヒルにリボーンが笑うと、綱吉はにこりと満面の笑みを浮かべた。よし、と言って立ち上がり、自分のバイオリンケースに手をかける。リボーンがその一連の行動を見ているのに気付くと、照れくさそうに笑った。 「ピアニストの人に、迷惑かけられないから」 やがて流れ始めたバイオリンを、リボーンは椅子に座りながら聴いた。 リボーンはダメツナダメツナというが、なんだかんだ言って、実は綱吉は巧い。これまで入賞も何も出来なかったのは、ピアニストが悪いのだと思う。まだまだ音楽は荒削りで、音がひっくり返ったりボーイング(弓の運び)がおかしかったりするが、しかし、その音楽性は計り知れない。音が上ずったりという、音自体の間違いはない。 もしかしたら、ヒバリは綱吉の力を引きずり出せるかもしれない、と思いながら、リボーンは目を閉じた。(その30秒後には、怒鳴った) 珍しい奴から電話が来たものだ、と雲雀は通話の終了した携帯を見やった。 口元に携帯を持っていき、口を開いた。 「沢田綱吉・・ね・・・・」 リボーンが弟子に取っているくらいなのだから、巧いのだろうが、しかしここらの界隈でその名は聞いたことがない。全く出来ない男なのだろうか、と雲雀は首を傾げた。 (まぁ、僕には関係ないけど。) そう、雲雀には関係ない。ただ音楽を楽しめればそれでいいのだ。リボーンの面子など、知ったことではない。 (でも、下手だったら、) 僕が音楽に入れないほど下手だったら。 その時は、ご自慢のトンファーでかみ殺してやろうと決めた。左手、バイオリンの弦を押さえる手以外で。 彼がバイオリンを特別好きでもないようだったら、左手も関係なくやってしまうが、バイオリンが好きなようだったら左手だけ、或いは両手だけは見逃してやろう。 そう心に決めると、また別室に戻り、ピアノの椅子に座った。 今日からは、伴奏ピアノの練習をしなければ。 |