貴方が僕らの全てだった/3
双子の屋敷は、周りの家とは多少劣るが、それなりの広さを誇る邸宅である。中でも、庭は目を見張る物があり、それだけは周りの家に負けず劣らずだ。毎日手入れをする庭師に指示を出すのは、この館の女主人である。
その所為か、骸はこの庭が嫌いだった。家庭教師という客人の前であったし、庭師の健闘を賞賛して荒らしはしないが、その誘惑に負けるのもそう遠くはないだろう。庭で一際大きい樹木に吊るされた手製のブランコに、二人で腰掛けると、綱吉はスーツが汚れるのも構わず芝生に座った。
「それにしても、いい庭だね。俺なんか、庭もないよ、」
「そうなんですか?」
髑髏が小さな声で尋ねると、綱吉は苦笑した。
「俺、一人暮らしでね。駅前のアパートに住んでるんだ。年季が入ってる石造りのアパートでさ。蔦も這ったりしてるから、幽霊アパート、なんて呼ばれてたりね」
綱吉が手振りも交えながら紡ぐ言葉に、髑髏はうっとりと聞き惚れている。敷地内から出たことのない髑髏には、外の世界は言葉だけでも価値があった。骸も、年相応の好奇心はあったから、そっぽを向きつつもそっと耳を傾ける。綱吉の声は心地よく、髑髏や骸の警戒心を徐々に解いていった。
「俺のアパートにはね、それはもう面白い人が多くて。幽霊アパート、なんて呼ばれてても家賃は安いから、あ、安いのは古い所為だよ。時々壁の漆喰が壊れたりするからさ。それで、古くても住人ばっかり多いんだ。今は満員御礼で、それでもまだ申し込みは絶えないみたい。
床なんかね、下に響かないかヒヤヒヤするし、天井からは上の足音が響いてくるし。あ、決して上の階の人が煩くしてるわけじゃないんだ。古いから、どうしても板自体軋むんだよね。最近の笑い話は、床が抜けたって話かな。そこまで古かったら、立て直せばいいのにね。大家もお金がないのかな。
でも駅前だから、駅に近くてとても便利なのが一番の利点で、あー、でも逆を言えば駅前だから煩いかな。あ、でもでも、そのアパートの住人が煩い、って通行人に叫んだりするから案外静かかも。俺、家庭教師やってるだろ?ここ以外にももう二つぐらい行ってるんだけど、駅が近くて幸いだよ。俺、乗り遅れたりすることが多いからさ。最近はさすがにないけどね」
綱吉は、髑髏や骸が興味津々に聞いているからか、すらすらと言葉を紡ぎ続けた。それこそ、全てを明かす勢いで、私生活から住人へ、土地へと、話のネタはつきない。髑髏は時折、小さく笑い声を上げた。
三十分程綱吉は喋り続け、やっと喋り終えると大きく息をついた。それから視線を上げ、小さく笑う。
「面白かった?」
髑髏はやはり無表情だったが、それでも瞳は輝き、心なしか表情が柔らかくなっている。一瞬の逡巡の後、髑髏は骸の顔色を伺いながら、小さく頷いた。骸はと言えば、先程見せていた僅かな好奇心を気取られまいとしているのか、どこかへと目をやっている。綱吉はその様子に苦笑すると、さてと、と立ち上がった。双子の視線が自然と綱吉へと集まる。その視線を情けない笑みで受け止めながら、二人の手を取り立ち上がらせた。
「凪ちゃんと骸君は植物に詳しい方かな?もし詳しくないんだったら、俺が教えてあげるよ」
数分歩き、刈り揃えられた綺麗な植え込みに近寄った。綱吉がそこにしゃがむと、髑髏もつられて座り、骸は意地でも座らないつもりだったが、下から髑髏と綱吉に見上げられると、何故だか座ってしまった。二人が素直なことを嬉しく思い、常時よりはやや機嫌の良い綱吉は、一つ一つ丁寧に教えていく。もともと、骸も髑髏も好奇心の強い子供であったし、何より頭も良かったから、綱吉の言うことに質問したりすることもなく、大人しく知識として詰め込み始めていた。骸や髑髏に、そうやっていろいろな事を教えてくれる大人は、誰もいなかったのだ。
そんな事を数十分は続けていただろうか。三人の背後でカサリ、と葉の音がする。骸と髑髏は素早く振り向き、その先の人物を見て黙り込んだ。綱吉はゆっくりとした動作で振り向き、静かに立ち上がった。
「奥様でいらっしゃいますか、」
隣家から帰った二人の母は、やや顔を青ざめさせながら首肯した。この家の主人であるからには、挨拶をと思い、微笑みを浮かべて頭を下げる。
「始めまして。今回から家庭教師を勤めさせていただく、沢田綱吉と申します。奥様のお許しも得ず、屋敷内に入った事をお許しください」
「・・・・それはいいのですけれど、」
不信感を滲ませ、綱吉に向けていた視線を双子に向ける。その目に宿るのは畏怖と憎悪であり、綱吉は眉を顰めた。人の思いに鈍感な綱吉が分かってしまうほど、明確に負の感情を語っている。その視線に宿る感情は、我が子を慈しむ母親が持つものには、到底及びつくものではない。
「何故、この子達を外に?唯の家庭教師でしたら、余計な事をしないで頂けるかしら」
「いえ、本物に触る事も大切な勉強で、」
「それでしたら、私が庭師に持っていかせます」
取り付く島もない言い様に、綱吉は怒りを通り越して逆に驚きを覚えていた。そこまでして、あの子達を外に出したくないのだろうか。
彼女は双子と綱吉に家の中に帰るように言い、彼女に背を向け、二人と一緒に中へ入ろうとしていた綱吉を呼び止めた。どこか緊張を孕んでいるその声に、綱吉は何か粗相をしたのだろうか、と不安になる。
彼女の前に綱吉が戻ると、双子の母は迷うように胸の前で手を組み、下方で視線を揺らめかせる。煮え切らない様子で、数秒後に決意したように手を下ろした。自分より下で揺らめくその瞳を見ながら、綱吉はほとほと困り果てていた。これでは、いつかの下級生からの告白場面のようではないか。
その場に似つかわしくない、不謹慎な事を考えていた綱吉は、彼女の思わぬ強い調子の声色で、竦みあがった。
「貴方は、怖くないんですの、」
「誰がです?」
「あの子達ですわ」
当たり前でしょう、とでも言う様に目を丸くする様は、滑稽ですらある。綱吉は小さく首をかしげた。彼らは自分達の殻に閉じ篭っていたが、どこも怖くはない。恐ろしげなところなど微塵もなく、寧ろ儚げな印象すら感じていた綱吉に、思い当たるところなど何もない。
怖くありませんよ、とても愛しい子供達です。素直に自分の胸の内を打ち明けた綱吉は、母親の目が瞬間に畏怖の念を抱いたのを見た。一体、何だと言うのだろう。
「これだから、外の人間は、」
母親が小さく呟く。吐き捨てるような語調であり、ならば何かがあるのだと綱吉にも瞬時に理解できた。そう、外の人間が知らない何かが。思わず、綱吉の唇から言葉が出た。
「何があるんですか」
彼女は、下に向けていた視線を綱吉へと向けた。その視線は強く、綱吉を睨みつけていると言っても過言ではない。
「一体、あの双子は何を抱えているんですか。貴女は何を思っているんです?教えてください、」
一介の家庭教師が使うような口調ではなかったが、知らぬうちに地が出てしまったらしい。彼女は迷ったようにまた視線をうろつかせる。その顔は、まだ若く美しい。先程見た、髑髏の逡巡の様と酷似しており、彼らの繋がりを顕著に見せていた。
そうして、今度こそ強い決意をしたらしい。母親は綱吉の手を引いて歩き始めた。この展開を予想していなかった綱吉は狼狽し、あの、と声を掛ける。しかし、彼女は綱吉の声も聞かず、思いの外強い力で綱吉を引っ張り続け、屋敷に入ると双子の部屋とは違う階へと向かい始めた。今度こそ戸惑い、綱吉は彼女の手を振り払う。
「あの、」
冷たい目が向けられ、綱吉の背が粟立つ。自分に向けられる負の感情に、綱吉は弱い。昔からだった。
「一体何処へ、」
「忌み子、」
またこちらが全てを知っているかのような、手前勝手な話の進め方だ。綱吉は疑問に思い、口を開こうとした。しかし、その前に双子の母の美しい唇から言葉が転がる。
「あの子達が、そう呼ばれる由来をお話して差し上げます」
もしそれでも、と彼女は続けた。綱吉は、今更彼女の掴まれたところを痛く感じた。
「あの子達を愛しい等と仰れるのならば、大したものですわね」
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