貴方が僕らの全てだった/2







「へぇ、双子なんだ。骸くんと・・・髑髏、ちゃん?」
「髑髏は本名じゃありません。僕が呼んでいる呼び名ですから、あなたは髑髏の事を髑髏と呼ばないで下さい」
「・・・そんな言われても」
 それから、クロームとも。骸と髑髏は綱吉を背後に続かせて、赤い絨毯の上を歩いていた。骸の無理な要求に、綱吉は頬をかきながら苦笑する。当の本人である髑髏は、意固地になって前を向いて歩く骸と反対に、骸の服を掴みながら綱吉の顔を見上げていた。
 綱吉は、その視線に気付き、苦笑しながら尋ねる。
「君の、名前は?」
「・・・・・・・凪、」
「そっか、凪ちゃんか!」
 陽気にけらりけらりと笑う綱吉に、骸は苛々した。
(コイツ、唯の馬鹿だったり、するのか)
 勿論、家庭教師になれるほどの頭は持っているだろうけど、と骸は付け足す。だが、どちらにしろ頭が可笑しいのだ、と終止符を打った。
 此処まで緩い家庭教師など、今まで居なかった。全員骸たちの顔を見ると顔を顰め、骸、凪、と吐き捨てる。だが偉そうにする割に、頭の中身が伴う者など、殆ど居なかった。もともと、骸も髑髏も頭がいい。母が学校と呼ぶところで、同じ年代の子供たちと勉強をしても、何の足しにもならない、と骸は思っていた。
 ところが、この男、過去・未来と考えてみても、最も頭の悪そうな男だ。骸は反吐すら出そうになる。
(一体、何を考えて母様は!)
 頭の中で不平不満を唱えながら歩いていると、双子の部屋に辿り着いた。骸がドアノブを回して、扉を開く。
「ここですよ、先生」
 綱吉は失礼します、と小さく言って、部屋の中に足を踏み入れた。そして、小さく口笛を鳴らす。口笛なぞ、不愉快だ。骸は、そう思って綱吉を見上げた。
「止めてください、口笛。不愉快です」
「ん?あ、ああ、ごめんよ。態とじゃあないんだけどさ。ただ、あまりにも凄いものだから。広い部屋なんだね」
 ニコッと笑いながら、髑髏を見やる。髑髏は頬を赤くして、骸の後ろに隠れた。髑髏のそんな一挙一動にも、何故だか苛つく。ムッと顔を顰めると、綱吉はまた苦笑した。  綱吉は、遠慮なく部屋の中を歩く。壁際に寄せられている、木製の棚に飾られた人形や本を、興味深げに眺めている。本、といっても、童話の類は殆ど無く、どちらかといえば純文学や、専門書で埋まっていた。綱吉は、へぇと小さく零すと、骸と髑髏に笑顔を向けた。
「頭、いいんだ」
「さぁ、どうでしょう。専門書があるから、といって、必ずしも中身を理解できているわけではありませんよ」
「ふふっ、骸くんは、意地っ張りだね」
 綱吉が軽やかに笑いながら、本を手に取った。髑髏が後ろで「意地っ張り、」と漏らす。いよいよカチンと来るかもしれない、と思いながら、骸は天井を見た。誰が、意地っ張りなものか。
 髑髏は、意地っ張りと言われた兄の事を考えた。確かに、少し(ではない気もするが)兄は意固地になる気が見られる。それは、育った環境上、仕方の無いことではあったけれど。しかし、どんな家庭教師にも事務的に接してきた骸が、今度の家庭教師には感情のままに動いているのが珍しい。髑髏はそう考えて、骸の背中を見た。
 今度の家庭教師―綱吉、といったか―は、信頼の置ける人物だ、と髑髏は思う。今までのように、上から物をいう事もない。大人だから、といってその権力を翳し、髑髏たち双子を無下にしたりしないし、何より、二人を見ても、顔色一つ変えない。今までの家庭教師たちは、骸たちを見て顔を青くするか、忌々しげにゆがめるか、そのどちらかだった。綱吉は、本当に優しいのだろう、と髑髏は思った。無償の愛、というのも、なかなかに怖いものではあるが。
「ちょっと、授業してくださいよ。あなた、仮にも家庭教師なんでしょう?」
「ん、ああ、ごめんね」
 綱吉は、まったくごめんとも思っていないような声色で返す。苛ついた骸は、いっその事綱吉に張り手の一つでもしてやろうかとも思ったが、何とか理性で押し止めた。
「オルゴール、好きなの?」
 綱吉は本を閉じ棚に直した後、二人に尋ねた。綱吉の持っていた本が、オルゴールの構造が書いてあった本で、他にもオルゴールの関係する本が何冊か並んでいたからだろう。
授業にも関係ないし、第一教える必要もない。そう言おうとした矢先、髑髏が小さな声ではい、と答えた。髑髏、と咎める様に視線を飛ばすと、ごめんなさいと口が動く。綱吉は、髑髏のその声を聞くと、本の背表紙を愛しげに撫でながら微笑した。へぇと呟く。骸の動きが思わず止まった。綱吉が此処に来てからの、緩い笑顔とは一変した微笑みだったからだ。思わず綺麗だと思ってしまい、骸は自分の口を咎めるように叩いた。
(・・・何を思っているんだ、僕は)
「兄様?」
 骸のその行動を不思議に思ったのか、髑髏が後ろから窺うように声をかけてくる。骸ははっとし、何でもないというように緩やかに頭を振った。
 さて、と綱吉が声をかけた。二人が綱吉を見上げると、また緩い笑みを浮かべていた。骸は複雑な心境になった。何で、さっきの笑い方しないんですか。しかし、まるでこれじゃ笑って欲しいみたいだ、と思い、唇を強く噛む。
「そろそろ、授業を始めようか」
 綱吉は二人を中央にある丸テーブルに座るように促し、自分も棚に立てかけていた鞄を持ち直した。二人が座ったのを見届けると、テーブルの上に鞄を置き、中をごそごそと探る。んしょっ、という掛け声と共に取り出したのは、数枚のプリントが入った無地のファイルと、教科書だった。それを机に置き、鞄は椅子の足に立てかける。綱吉はニコニコと笑いながらプリントを取り出し、それを二人の前に置いた。
「まずは、どれくらいの力量があるか調べる必要があるから、とにかくこれやってみて。お母さんの話じゃ学校行ってないって話だったけど、参考書とかも読んじゃうんだから、相当勉強は出来る感じだよね。とりあえず、今十四歳くらいで習うとこまで入れてみたよ」
 綱吉はすらすらとプリントの説明をしていく。プリントをさす指は細く、少しだけ骨ばっていた。
「二人は、今いくつ?」
「聞いてないんですか?」
「うん」
 綱吉が突然顔を上げて尋ねるものだから、こちらも思わず返してしまった。うんと肯定した綱吉の顔は、苦々しい。
「教える必要はないってさ。君たちのお母さんに。凪ちゃんと骸くんのことを少しでも知りたかったんだけど」
 それから、勉強の様子を見るのにも必要なんだけどねぇ、と綱吉は付け加えた。
 二人が渡されたプリントは、確かに難易度がバラバラだった。三十分という制限時間の中では、到底解けきれない問題もある。終わった後に大きく息を吐き出すと、綱吉は微笑みながらお疲れ様、と言った。
 採点されて返されたプリントは、自分で解けなかった所以外、全て赤い丸がついている。
「すごいねぇ」
 ポツリ、と綱吉が言った。え、と思って顔を上げると、心底驚いたような顔をしている綱吉と目が合った。
「よく出来てる。俺、要らないんじゃないかって思うくらいに」
 クスッと綱吉が苦笑する。
「でも、俺はもっと二人に色々知って欲しいから。やっぱり俺は家庭教師を続けるよ」
 そう言いながら、綱吉はプリントを鞄の中にいれた。髑髏のプリントと共に、骸のプリントは見えなくなっていく。完全に見えなくなった頃、綱吉は立ち上がった。
 その後ろに見える空は、青かった。緑も輝いている。写真の中と同じ所にいるようだった。だが、写真の中より、外は狭い。
「さて。今日はもうこれでおしまい」
「え?もう、ですか?」
「そう!」
 綱吉はニッコリと笑って、手を差し出した。
「外で、遊ぼう」
 ね、と綺麗に微笑まれては何も言えない。骸は、その細い手をとった。






まだ綱吉に警戒心を抱く骸。
最初の設定で、骸と髑髏には一目惚れ(に近いもの)をさせるつもりでした。
髑髏ちゃん一目惚れしてるけど、骸やってねぇ!!!orz
それでも、恋のような感情はあるのかもしれないなぁ。
07 06 29 くしの実