貴方が僕らの全てだった
髑髏は、サラサラの黒髪を綺麗に結わっていた。いつものように、後頭部の上の方で、一束に結び、ピンやスプレーやらを使って髪をまとめる。そうすれば、双子の兄のような頭になった。
「クローム?」
鏡台に向かいながらセットしていると、鏡の向こうで骸が扉を少し開け、中を覗いている様子が見えた。髑髏は椅子の上で振り返り、髪から手を放した。しっかりとセットされた髪は、支えを無くしても綺麗に整っている。骸は、そんな髑髏の様子を見て、静かに溜息をついた。きょとん、とする髑髏の髪に手をやり、柔らかに撫ぜる。
「クローム、またですか。あれほど僕の真似事などするなと言っているのに」
「だって、兄様。私は、兄様のようになりたいんです」
「僕の真似事をしても、仕方ないでしょう」
オッドアイの目が斜めになり、頭の上に飛び出た髪の毛が揺れた。髑髏は困ったように頭に手をやり、骸の手を掴むと自分自身の胸の前に持ってくる。
髪をストレートに戻す気配がない髑髏を見ると、骸は柔らかく苦笑しながら、髑髏を引っ張りあげた。そのまま立ち上がり、手を繋いだまま二人は歩き出す。
「母様が、朝ごはんを食べると言っていました。早く行かないといけませんね、」
「はい、兄様」
二人は静かに手を揺らしながら歩いた。口では早くと言いながら、二人には急ぐ様子も見られない。長く、柔らかな絨毯がしかれた廊下に、小鳥の声が木霊す。優しい朝だ、と思いながら、骸は長い睫毛を伏せた。今日こそは、いい日かもしれない、と。
二人が大ホールにつき、静かに扉を開けると、母が見えた。彼女は静かに朝食をとっている。二人は、お互いに口に一本指を立てると、とたとたと小走りしながら、自分の席に着いた。
「おはようございます、母様」
「おはようございます、母様」
二人がニッコリと笑いながら言うが、母は鬼でも見るような目で見、ちいさくヒ、と零した。
「お、お、おはよう、骸、凪」
骸と髑髏は、能面のように表情を消して、二人顔を見合わせた。
母が二人を忌み嫌っている、と気付いたのはいつだっただろうか。一番初めに気付いたのは、骸だった。自分たち双子を見るたび、美しい顔を歪ませる母を、骸は気付いてしまったのである。それからは、そう意識しているからなのか、彼女が自分たちを好いていないのが一目瞭然であることにも気付いた。
骸は、母は可哀想な人だ、と度々思う。自分たち双子も可哀想だとは思うが、何より一番母が可哀想な人だと、思うのだ。こんな呪われたかのような目を持った子供など、要らないに決まっている。こんな奇怪な目を持った子供たち、など。
だが、母は大人で、骸たちは子供だ。彼女が骸たちを捨てられない位置にあるのも、知っていた。大人は、子供を庇護しなければならなく、子供は、飽くまで庇護されるべき立場なのだ。自分たちを捨てた、と知れれば、村の人々から彼女が迫害されるのは、当然の事である。
だからこそ、母と、そして自分たちは可哀想だと思った。要らないものを育てるのは、一体どういう気分なのだろうか。
骸は、食べ終えた皿にフォークを置いた。カッシャン、と皿とフォークが触れ合う。
「・・・母様の今日のご予定は、どうなってらっしゃるんですか」
骸が控えめに聞くと、彼女はクルリと目を動かした。眉は、下がったままだ。
「そう、ね、午前中は町に行って、午後はお隣のお茶会に、行って来る、けれど・・・」
彼女は、恐る恐るといった様子で、骸と髑髏を見やる。母のその行動に、憐憫の情を感じながらも、骸はそれをおくびにも出さず、ニッコリと笑った。全く、邪気のない笑顔で。それを見て、母が少しホッとしたのを、骸は見逃さなかった。
「僕らは、部屋で遊んでおきます」
行きましょう、クローム、と骸は未だ朝食を食べ終わっていない髑髏の手を取り、立ち上がらせる。髑髏は慌てた様子でフォークを置き、立ち上がった。
「だって、母様は、僕らに 来て欲しくなんか、ないでしょう?」
扉を閉める寸前に見た母の顔は、真っ青な顔をしていた。
それから数日後、母から言われた。
「家庭教師の先生がいらっしゃるわ。貴方たち学校に行かないでしょう、だから、」
母は、飽くまで双子と目を合わそうとせず、うろうろと視線を彷徨わせる。二人ははい、と声を揃えて言った。
どうやら、家庭教師の先生、というのはまだ若い青年らしい。今年大学を卒業したばかりなのだそうだ。今まで雇ってきたどの家庭教師よりも、断然若い。
母から与えられた写真の中で、青年は柔らかく笑んでいる。蒼い緑を背景に、太陽を燦々と浴びてきらきらに輝いている気すらする。優しそうで、甘そうな人間だ、と骸は思った。今度の家庭教師は、一体どれだけ持つだろうか、とも思った。それを考えてしまうほど、今までの家庭教師は、早々に辞めていった。大の大人が、二人を怖がり、出て行ったのだ。
(きっと、一ヶ月も持たないのでしょうね。こんな甘そうな男なぞ、)
フン、と骸は鼻を鳴らすと、写真を折り曲げてダストボックスに放り投げた。髑髏は、その写真を名残惜しげに見送り、骸の顔を見る。片方の目が眼帯に覆われた顔は、だがそれだけでも美しい。何より、気品に満ちていた。
「兄様、私には見せてくれないんですか?」
ピクッと骸は身体を揺らし、そして髑髏を見やる。自分と同じくらいの、しかし確実に下方にある大きな目を見つめた。髑髏も、骸同様、片方の目が黒の眼帯に覆われている。
「・・・・見たかった、ですか?」
「は、い。ほんの少し」
こっくりと頷く髑髏に、骸は溜息をつくと、ダストボックスから写真を取り上げた。真ん中から折り曲げた写真を、また元のように伸ばして埃を払い、髑髏に手渡す。骸は、髑髏が自分でやればいいのに、と思ったが、骸がいる手前、出来ないことも知っていた。髑髏の中で、骸が絶対の位置に居ることも。
写真の中では、変わらず、青年が笑っていた。至極、幸せそうな笑みを浮かべている。その顔は、半分から少し皺のようなものが付いていたが、髑髏はほう、と口を開け、胸を撫で下ろした。そんな髑髏に、骸は苛っとする。
(髑髏、何ですか、その顔は。大人は、僕らの敵ですよ)
髑髏を困らすことが出来ないので、骸は黙っていたが、髑髏の表情に苛ついたのは確かだった。けれど、髑髏のように骸が胸を撫で下ろしたのも確かだった。だから尚更、苛つくのだろうか。
「優しそうな、人です」
「・・・・・・・・大人は、誰だって信用なりませんよ」
骸がむっとして反論すると、髑髏は身を小さくしてごめんなさい、と謝る。違う、謝って欲しいんじゃない。そう言いかけたが、口を閉じた。骸自身、何を言って欲しかったのか、分からなかった。
そのとき、屋敷内に大きな鐘の音が響いた。来客が、ベルを鳴らしたのだろう。骸と髑髏は顔を見合わせると、今度こそ写真をダストボックスに放り込んだ。
こんな『呪われている』と噂される屋敷に来るのが誰か見てみるのが、日常の楽しみでもあった。物珍しい来客の顔を、影から見てみるのだ。
玄関ホールに行き、階段の影に隠れてひっそりと扉のほうを伺う。間もなくして、一人のメイドが出てくると、扉を開けた。
「どちら様でしょうか、奥様は出かけておられますが、」
「あっ、いえ、奥様にご挨拶は後からでいいんです。兎に角、今は子供たちに、挨拶を」
日を背に負って立っていて、顔が見えない。扉の隙間から零れる日が目に入り、何も見えなくなる。骸は小さく舌打ちをした。場所を、かえておけばよかった。
ああ、家庭教師の綱吉様ですね、とメイドが言った。その声が、ホールに響く。骸は、パッと立ち上がった。
まさかまさかまさか、まさか。
「こんにちは」
向こうに立つ人は、確かに柔らかい笑みを浮かべていた。
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