9月に入り、熱風は少しずつ冷えていく。
 獄寺は、窓から入ってくる冷気で目を覚ました。昨晩開け放して眠ったからだ。タンクトップ姿の体が冷え切っていた。
 ベッドを軋ませながら起きあがり、窓を乱暴に閉めると、獄寺はタンクトップを脱ぎ捨てた。部屋に残っている冷気に鳥肌が立ち、浅く息を吐く。閉めた窓からは冷気に似合わない晴れ空が覗いていた。



9月9日、快晴



 綱吉の家へと急ぐ途中、獄寺はあることに気づき、弾んでいた。出掛けに、テレビのニュースを見るのが日課で、獄寺はテレビのスイッチを入れた。真っ暗の画面に鮮やかな光が宿る。見慣れたニュースキャスターが笑顔で言葉を発する。
「9月9日、今日のニュースは・・・・」
 カタン、とリモコンが落ちる。肩にかけていた鞄も少しずり落ちる。獄寺は暫くテレビの中でニュースを述べていくニュースキャスターを見つめ、急に電源を落とし、扉を閉め駆け出した。
(今日、俺 誕生日じゃねぇか)
 道の中ごろで気づき、これから会う綱吉を思い、ふふっ、と笑みを漏らした。 (10代目は気づいてくれたかな)
 綱吉の家の門をそっと開け、インターホンを押す。電子音が混ざる声が返ってくる。
「ふぁい、どちら様でしょうか」
「10代目、俺っス!一緒行きましょう」
「あ、うんオッケ。ちょっと待ってて!」
 家の中をかけている足音に獄寺は苦笑した。綱吉は多分カッターシャツのボタンを慌てて閉めているだろう。門の傍らに座り、獄寺は綱吉を待った。暫くして「行ってきます!」という声がして、扉のノブが回る音がした。獄寺は立ち上がり、笑顔を作る。
「ごめん、待たせちゃって」
 息荒く綱吉が出てくる。
「おはようございます!10代目!」
 綱吉の次のセリフに期待を膨らまし、顔を上げる。綱吉は「おはよ」と返すとネクタイを整え歩き始めた。期待を萎ませ、獄寺は綱吉に続いた。
(何期待してんだ!マフィアに浮かれる日なんてねぇ)
 それでも多少ショックで獄寺は何度も伝えようとした。だが、自分から言うのもなんだか虚しいので、口を噤んだ。
「どうしたの獄寺くん」
「なんでもないです!」
 不思議そうに覗き込んでくる綱吉に胸ときめかせつつ、獄寺は何も言わないと心に誓って、校内へ足を踏み入れた。入った瞬間、後ろから肩を叩かれ綱吉は振り返った。
「よっ、獄寺、ツナ」
 寝癖を跳ねさせた山本が綱吉の横へ並ぶ。やや乱れている制服からは、酢の匂いがした。綱吉はそんな山本を見て苦笑を漏らした。明らかに寝坊をしたであろう山本があからさま過ぎてすぎて、おかしかった。
「山本、寝坊したんでしょ」
「何で分かったんだよ、ツナ」
「おめぇなんか酢くせぇぞ。10代目にうつる」
「ん、あぁ、昨日カウンターんとこにブレザー掛けっ放しでさ」
 頭をかきながら、山本はブレザーを引っ張った。そのしぐさは淡い日光に反射するように輝いて見えた。近くの女子生徒がこそり、と会話する。山本は気にせず話を続ける。空から斜めに入ってくる光が眩しくて、獄寺は碌に話を聞かずに目を瞑った。
 授業も終わり、夕日が差し込んでくる時刻になった。獄寺はトイレに立ち上がり、廊下を進んだ。真っ直ぐ伸びる廊下に一定に差し込んでいるオレンジ色の光が綱吉を連想させる。結局誰からも祝福の言葉を掛けられず、味気の無い1日だった。上履きが高い音を立てて、獄寺は反射的に耳を塞いだ。昔からこの音は嫌いだった。
「あ、獄寺くん、一緒帰ろうよ」
 トイレから出てきた獄寺にハンカチを手渡して、綱吉が誘った。いつもは獄寺が誘うのだが、今日は珍しく綱吉が。
「あ、ハンカチ持ってるんでいいっスよ。俺の手なんか拭けませんよ」
 頷きながら獄寺はハンカチを返す。綱吉らしい青いハンカチは、清潔な香りがした。獄寺は水気を払うと、真っ白いハンカチで残りの水を拭った。
「帰ろう、獄寺くん」
 綱吉が獄寺の鞄を肩に掛けて歩き出す。それを慌てて追いかけて、獄寺は自らの鞄を受け取り、綱吉の鞄も持つと言った。綱吉は少し頬を赤くして、いいよいいよと両手を振った。
「ちょっと寄り道していい?」
「勿論!」
 先頭を切って歩き出す綱吉の影が、そのまま逃げてしまいそうで、獄寺は思わず手を伸ばしてしまった。急に掴まれた腕を見、獄寺を見、もう一度腕を見て、綱吉は前を向いた。その耳が少し赤くなっているのを見て、獄寺は両目を強く瞑って大きく息を吐いた。綱吉の感情に心が揺さぶられる。
「ちょっと待ってて」
 いつの間にか2人は駄菓子屋に着いていた。綱吉はそっと獄寺の手から逃れて、店の奥へ入っていく。獄寺は、先ほどまで綱吉の腕を握っていた手を見つめ、口を硬く結ぶと、座り込んで両腕に顔を埋めた。今更蘇る、照れと嬉しさに体が火照った。
「何やってんの、獄寺くん」
 獄寺が顔を上げると、呆れ顔で、それでいて微笑んでいる綱吉がいた。慌てて立ち上がった獄寺の顔が真っ赤で、綱吉はくすくすと笑いながら獄寺の名前を呼んだ。
「はい!」
 返事を返した獄寺が忠犬のようで、もう一度くすっと笑うと、綱吉はそっと獄寺の手をとってその上に何かを乗せた。
「じゅ、10代目、これ」
 手の平の上に乗っているアイスと綱吉を交互に見て、獄寺は口を開けた。いまいち分からないのだろう。
「お誕生日おめでとう」
 後ろに夕日を浴びて、綱吉は最大級の笑みを見せた。獄寺の目にじんわりと水分が広がる。鼻の奥がツン、として獄寺は鼻を啜った。手の平のアイスが、やけに幸せでギュッと両手で包む。
「今はそれしか渡せないけど、後でちゃんとしたの渡すから」
(俺はこのアイスで十分です)
 目元を拭って獄寺はアイスの袋を開けた。朝とは違う、温かみの溢れている冷気が出てくる。そっと取り出して口に含むと、ソーダの味が口に広がり、解ける。次々と齧りながら、獄寺はこみ上げてくる思いを声で表した。
「10代目、ありがとうございます」
 帰り道に叫んで、獄寺は綱吉に笑いかけた。
 夕日がどこまでも2人の影を伸ばし、2人はお互い幸せそうに、頬を赤く染めた。


●実は続いてたりするんだよの話●
「獄寺の誕生日を祝って、乾杯!」
 山本の声が上がり、クラッカーが炸裂する。山本の家出寿司をつつきながら、獄寺は熱い茶を啜った。
「こんなん聞いてねぇぞ野球馬鹿」
「内緒にしてたしな。もしかして寂しかったん?」
「うぜぇ!!」
 獄寺はそう言いつつ喜んでいましたとさ。チャンチャン!!!









遅れた・・・・orz
遅れたのは、くしの実の所為ですorz(byくしの実)
07 09 24 きなこ