自虐的な愛の言葉
KAITOは、よく思う。楓が、自分のような”機械”に、倒錯などして欲しくない、と。 確かに、彼女の優しさは嬉しい。嬉しくて、KAITOは涙が出そうになる。それでも、楓には絶対に、機械に倒錯して欲しくはない。 だからこそ、KAITOは彼女の優しさが少し痛い。明るい彼女は、いつか恋人を作るだろう。否、作らなくてはならないのだ。もし、その時に、KAITOを彼女が持ち続けていたら、彼女は機械におぼれたまま、ずぶずぶ、と落ち込んでいく。 「KAITO?」 家に帰ってきた彼女に柔らかい声を掛けられ、KAITOはビクリと体を震わせて、ゆっくりと顔を上げた。画面の向こうで、楓が微笑んでいる。悩み事でもあんの、と言う楓に、慌てて首を振ってみせた。彼女の過保護は機械に向けるにはいっそ可笑しいほどのもので、KAITOはだから彼女を心配させたくはなかった。 「・・・おかえりなさい、マスター」 「うん、ただいま」 ああ、いやだいやだ、もう学校めんどうくさい、と唇を尖らせて言う楓は、年相応の少女の顔をしている。KAITOは苦笑して、ふっ、と視線を逸らした。 結局、楓のため、楓のため、と言い聞かせてはいるものの、最終的には自分のためなのだ。いつか、彼女が恋人を、いや、友人ともっと仲良くなったら、でもいいかもしれない。もし、そういう事が訪れた時、KAITOは見向きもされなくなるだろう。KAITOというアプリケーションソフトは、いつかはやらなくなって、今以上のPCが出たら使われなくなるだろう。その時、自分自身が傷つくのを恐れているのだ。 可笑しい事だとはおもう。なぜ、ソフトウェアがそのような感情を持つものか。しかし、KAITOは実際、少しの感情があった。プログラミングとも違う、もっと奇怪なもの。そのKAITOに、終焉の時が訪れるのは、とても怖い事だ。 視線を戻せば、楓がカラカラ、と笑って、楽しそうに何かを話している。もういっそ、今この時に、KAITOを消してくれればいい。そうすれば、きっと後から消されるよりも、もっともっと楽だろう。 「・・・ねぇKAITO?聞こえてる?」 唇を噛み締めていたKAITOは、楓の問う声にはっ、と我に返り、慌てて顔を上げた。やや思案気味な楓の表情に、まずった、とKAITOは苦く思う。 「・・・・・・何か、元気ないね、KAITO」 そうですか、と気弱に眉を下げると、うん、と楓も眉を下げた。 「どうしたの、KAITO。本当、悩み事でもあるんじゃないの」 声色が少し尖る。詰問、とまではいかないも、楓はKAITOの口から、全てを吐かせようとしていた。 KAITOは大きく頭を振って、口の端を吊り上げた。そして楓を見上げる。その顔が、酷く歪なものだという事など、KAITOは知らない。見えないのだから、知る筈も無い。 「何にもないですよ、・・・マスター」 楓は表情を曇らせて、そう、と呟いた。それっきり押し黙る。 ああ、やはりまずった。KAITOはそうはっきりと認知し、俯いた。楓の辛そうな顔や悲しそうな顔など、見たくない。彼女は、笑っているのが一番合うのだ。笑顔が似合う人には、ずっと笑っていて欲しい。彼女の兄も、きっとそう思っている筈だ。 嘘でしょ、と楓は低く呟き、デスクトップの画面に顔を近づけた。大きく写った彼女の顔には、いくつかニキビの跡があったが、それすらKAITOには美しく映る。 「KAITO、嘘、そんなの嘘でしょ。解ってんだから。あんた、解り易いんだよ」 何と答えればいいのだろう。確かに、嘘です。そう言ってもいいのだ、否言わなければいけない。楓は、KAITOの絶対だからだ。だがしかし、肯定すればどうなる。楓に悩みを根掘り葉掘り訊ねられ、KAITOの心情を暴露すれば、きっとKAITOは嫌われる。 ああ、それが正しいのか、とKAITOはふと思った。嫌われて、アンインストールされてしまえばいいのだ。そう、それでいい、それが正しい。 「・・・はい、ごめんなさい、マスター」 ああもうっ、と楓は頭をかき混ぜた。 「謝んなくてもいいよ、別に。謝る必要、ないよ」 KAITOは俯いたまま、楓の言葉を聴いた。謝らなくてもいい、と言われても、勝手に謝ってしまうのだから、仕方が無い。 「それで、KAITO。何を悩んでたの」 やっと来た、とKAITOは顔を上げて、切々と今までの考えや思いを語った。楓の表情が、次第に凍り付いていく。能面のような顔だ、とKAITOはふと思った。 KATIOは話し終え、唐突に弁を止めた。語ることは、もうない。暫くの沈黙の後、楓は口を開いた。 「あたしは、KAITOが好きだよ」 「まっ・・・マスター、話し聞いてましたか」 「当たり前じゃん。聞いてないわけ無い」 強く言い放ち、竦んだKAITOを見て言いすぎた、とでも言うように、眉を下げた。ついで、謝罪の言葉を述べる。いいえ、とKAITOは首を振った。 楓は言い難そうに口ごもり、はぁ、と力ない溜息を吐いた。 「あたし、KAITOが好き。ごめん、あたし、可笑しい人、だからさ」 何も返せない。KAITOは黙って、楓の顔をじっ、と見つめた。 もし、楓がKAITOを好きだと言ってくれるのならば、KAITOは信じていいのだろうか。自分を絶対に消さない、と。 その時、KAITOの口から、愛しています、と零れた。 「マスターの事、愛してます。多分、この世で一番」 家族と仮の名がついた、他のボーカロイドたちより、誰より、マスターの事を、愛してます。KAITOはポツリ、と呟く。 「・・・そっか」 楓は、はは、と乾いた笑いを零して、顔を伏せた。 |