アイす




 カイトにとって、何より至福の時間がある。彼の好物である、アイスを食べるときだ。特に、彼のマスターが作ってくれた歌を歌い終わった後のアイスは、何と言いようも無い。幸せすぎて、涙と溜息が出てしまいそうになる。
 カイトは貰ったアイスを口に運びながら、涙を呑んでいた。その様子を見て、レンが気色悪がったりする事もあるのだが、別にそれはそれで構わない。同じ目的で作られた少年に嘲笑われたところで、カイトはどうとも思わないのだ。
「ご機嫌だな、カイト」
 はぁぁ、とあまりの幸せに溜息をついていると、外からマスターの声が聞こえてきた。俯いていたカイトはすぐさま顔を上げ、マスター、と喜びに満ちた声を上げた。如何にも単純である。
「マスター、アイス、ありがとうございます!!やっぱり、仕事の後のアイスは美味しいですね。あんまり幸せすぎて、俺死んじゃいそうです、」
 ふふっ、と軽く笑うと、バカじゃねぇの、と少し苦味を増した声が返ってきた。ボーカロイドが死なない事は、彼と、何よりカイト自身が理解している。
「死なれるのは困るけど、まぁ幸せだったら良かった」
 彼は少し目を細め、デスクトップの前で頬杖をついた。彼の配慮とか心配りが、少し痛い。カイトはスプーンを緩く咥えて、瞬きを一つした。死なない、けれど、消える事はあるのだ。それはどうしても、マスターに託す事となるのだけれど、カイトとしてはいつか彼に消して欲しい。
 マスターの心境に自身の心を馳せてみるが、どうも分からない。例えカイトが消えたところで―人ならば、死ぬ、という事だ―、マスターが悲しむ必要もなく、また悲しまれても困る。ボーカロイド、は飽くまでロボットで、人間には成り得ない。
 下手な考え休むに似たりだな、とカイトは苦笑し、口にアイスを運んだ。柔らかい甘さに、本当に涙が出そうになった。
「あ、」
 唐突な声に、カイトは驚きから肩を跳ねさせ、画面の外を見つめた。液状化しそうなアイスも気に係り、二つの間で眼を泳がせる。
「ついてる、」
「え?」
 何のことか分からず小さく首をかしげると、ほっぺた、と返された。手を当てると、ぬるり、とした感触が指先に触れる。アイスだ。
 マスターは不意に黙り込み、カイトが手も拭わぬまま彼を見ていると、何かを催促するように、モニターへと手を伸ばしてくる。
「手、貸せよ」
 拭いてくれるのだろうか、とぼんやりと思いながら、カイトは手を伸ばした。その先には、赤い唇が待っている。












不思議な世界観になりました。
大人しく「実体化できるんですよ!」みたいな
設定にしとけばいいのにね。
08 02 27 くしの実
08 06 29 本館に移しました。