家族




 ある日、KAITOのマスターが、PC内の整理を始めた。マイピクチャを隠し、ゲームを隠し、お気に入りを隠し、さらにその上それらのフォルダついでユーザーに、パスワードまでかけ始める。彼女が操るマウスポインタはKAITOの上で止まり、迷うようにグルグルとさせて、結局離れていった。
 再度、迷うようにKAITOの上にマウスポインタがやってくる。KAITOはそれを見上げながら、マスターと呼び掛けた。
「一体どうしたんですか?突然PC内の整理なんてして」
 彼女は、んー、と生返事をして、フォルダを行き交う。KAITOは珍しく思いながら、それを見ていた。
「兄貴がね、家に来るんだって」
「へぇ、お兄さんですか」
「そっ。で、アレはロクでもないから、PC内を見そうな訳。そんなこんなで、現在こうしているのです」
 だから、歌うのはちょっと待ってて。これ、あたしの生死に関わるから。
 ふーん、と頭をコックリコックリ動かしていたが、数秒程のラグタイムの後、KAITOはえぇっと声を上げた。マスターの肩が大げさに跳ね、顔が画面に近づく。
「なっ、何?どうしたの、KAITO」
「えっ、マスターってお兄さんがいたんですか」
「何だ、そんなこと」
 彼女はとたん興味をなくし、他のフォルダを見極めながら、言ってなかったっけ、と涼しい顔でのたまった。マスター、そんなこと一度も聞いたことはありませんでしたよ。KAITOはそう抗議しようとしたが、不毛な会話は出来れば避けたい。その思いでそっ、と口を閉じた。画面の外ではどうしようかなぁ、と苦渋の滲む声がしている。まぁ、こんな大雑把なマスターだし、仕方ないか、と諦めることにした。
 暫くKAITOが暇を持て余していると、終わったー、という嬉しそうな声が聞こえてきた。ひょっこりとデスクトップを覗くと、成程、確かにこざっぱりとしている。
「随分綺麗になりましたね」
「ほんと。あたしってこんなに整理ベタだったんだねー。何か物が少なすぎて、寂しい」
 彼女の言う事に、コクン、とKAITOが頷くのと同時に、チャイム音が響いた。その所為で、KAITOの首肯は見届けられず、はーいと言って玄関口に走っていく彼女の背を、KAITOは寂しい思いで見つめた。
 よぉ、久しぶり。やだっ、お兄ちゃんまた大きくなってる、これKAITOと背丈変わらないんじゃないの。そうか?、お邪魔します。帰れ、お邪魔すんなら帰れ。酷いだろ、兄貴にむかってその言い草はうわっ、きたなっ、整理整頓しろよ。煩い黙れ。
 玄関口で、心地よいテンポで会話が展開されている。KAITOと会話する時とは全然違った、小気味良いテンポに、KAITOは羨ましくなる。KAITOと彼女では、ああいう会話は一生出来ないに違いない。
 暫くして、二人は部屋に入ってきた。マスターが兄を叩いている。普段では見られない姿に、家族っていいなぁ、とKAITOは俯いた。
「KAITO−、お兄ちゃんが話し掛けても無視しちゃっていいからねー。あたし、飲み物持ってくる」
 不意に、マスターに声を掛けられ、KAITOははい、と裏返りそうな声で返事をした。零すなよ、お前ドジだからな、うっさいよ、という会話が一頻り交わされた後、彼女の足音が部屋から出て行く。画面の中から一部始終を見届けていたKAITOには、二人の足しか見えない。どうにかマスターの兄の姿を見ようと動いていると、画面に影が差した。驚きにKAITOが動きを止めていると、顔が現れる。
「よう、お前がKAITOか。妹が世話になってるな」
 彼女に似て、非常に端整な顔の持ち主である。KAITOは何と答えればいいのか戸惑い、はい、と答えた。しかし、慌てていいえ、と首を振った。
「マスターにはこっちがお世話になってます。えっと・・・・マスターのお兄様ですか?」
「おう。よろしくな」
 ニッと笑う顔に、彼女が重なる。兄妹だけあって、笑い方までそっくりだ。
 KAITOが感心していると、それよりな、と声が掛かった。
「あいつ、お前にスパルタじゃないか?苛められてない?あいつなぁ、極度のSでな、中学時代も散々、」
「ちょっと、お兄ちゃん!KAITOに何言ってんの!!」
 少し意地悪い笑みを浮かべて、耳打ちでもするように彼はヒソヒソと声を潜めたが、部屋に飲み物を持ってきたマスターが叫ぶと、すぐに眉が寄った。ついでチッ、という舌打ちもする。KAITOは苦笑しながら、兄を押しのけて画面を覗き込んだ彼女の顔を見上げた。
「マジ信じらんない、何KAITOに教えてんだよ。KAITO、さっきの嘘だからね、気にしないでね」
「お前こそ信じらんねーよ、何嘘ついてんだテメ。KAITOの俺に対する心情が悪くなっちまうだろ」
 KAITOは、別にどちらが本当のことを言っていても嫌いになったりはしないし、別段構いもしないのだが、本人たちには大切なことらしい。とりあえず、二人の論争が終わるまで、黙っていることにした。
 そのうち、話が逸れたようだ。KAITOの名前は勿論、ミクやMEIKO、リンやレンの名前も聞こえてくる。KAITOは名前だけを知る彼らに思いを馳せ、ほんの少し胸が温かくなった。無論マスターに、VOC@LOIDシリーズを全て揃えろなどと、無理も我侭も言うつもりはない。彼女は、今だって貧乏学生をしているのだから、無理だ。だが、それでもいてくれたらなぁ、とは思った。
「それでだな、俺は全部揃えちまったのよ」
「すごっ!!お金相当かかったんじゃないの、」
「それはもう、今だってジリ貧生活の真っ只中よ。いやしかしまぁ、どいつもじゃじゃ馬で・・・」
 マスターの兄は溜息をつく。KAITOはそこで顔を上げた。
「まぁ、一番使いやすいのは、ミクかなぁ。あいつも相当難しいが」
 ミク。KAITOの妹にあたるというボーカロイドを、何と彼は持っている。KAITOは喜びに満ちて、画面に張り付いた。そして、明るい声でお兄さん、お兄さん、と頻りに呼び掛けた。二人がKAITOに向き直る。
「ミクがいるんですか、」
「おう。今度ここに来る時は、PCごと連れてきてやるよ。他に、レンとリンと、MEIKOもいるぞ」
 KAITOは天にも昇る思いで、大きく頷いた。マスターが新しい曲を持ってきてくれる時も嬉しいが、それに匹敵する嬉しさだ。
「良かったじゃん、KAITO」
 マスターに微笑まれて、KAITOは何度も頷いた。彼女と一緒にいるのもいいが、やはり家族も欲しいのだ。KAITOは幸福な思いに、少しの間流されることにした。



 マスターの兄は、それから土曜日は毎週顔を出すようになった。一回目の訪問は、PCを持たずだった(忘れたという)が、今回こそ持ってきてくれるらしい。マスターが半ば脅しに近い電話を掛けたから今度こそは、だろう。
「よし、何にもしないで待ってるのは暇だし、歌を歌おう。で、兄貴が来てPCを共有にしたら、歌おう。それを他の子たちに聞かそ。ね、いいよね、KAITO」
「はい、勿論です」
 最近は、課題だなんだと彼女が忙しく、KAITOも歌うのはご無沙汰だ。マスターの腕とKAITOの歌声が鈍っていない事を願いつつ、KAITOは胸を躍らせて彼女の動向を見守った。
 彼女の腕は鈍っていなかったようだ。歌いだしも滑らかに、柔らかく歌える。たった一分足らずだったが、半日以上かかった。彼女はKAITOの歌声を聞いて顔を綻ばせ、いいね、と親指を立てた。たったそれだけで、KAITOは嬉しくなった。
 まだ調整したりない様子のマスターは、KAITOの声をあれこれといじくっている。KAITOはその久しぶりの感覚に、身を委ねていた。歌っている間は、あれほど考えていた家族の事も消えて、マスターと、歌の事だけしか考えられない。
 不意に、ピンポーン、とチャイム音が鳴った。あまりにも突然のことで、KAITOとマスターは動きを止めた。二人ともあっけにとられたように固まり、二度目のチャイム音で動き出した。それでKAITOは他の家族が来る事を思い出し、今日始めて会う家族に、ドキドキとしてしまう。KAITOは緊張した面持ちで、玄関へと掛けていくマスターの姿を目で追った。すぐにガチャリ、という音がする。
 よう。電話入れてよ、ビックリしたじゃん。悪ぃ悪ぃ、家出る前に電話すんの忘れてた。バカ。
 相変わらずテンポのよい会話を交わしながら、兄を伴って彼女が部屋に戻ってくる。兄は、PCで二人を見上げるKAITOの姿に気が付くと、よっ、と声を掛けてPCの前に座った。
「元気してたか、KAITO。今日はほら、このとおり」
 彼は、KAITOの目の前で鞄の口を開き、じゃじゃーん、と言って、ノートPCを取り出した。
「このPC、ボーカロイドの住居になっちまった。メモリが足りなくなるから、もう他の物は入れられねぇんだ」
 次々とコードや外付けHDDなどが出てくる。機械というのに、全くと言っていいほどその方面の知識がないKAITOにとって、あまり馴染みのない物ばかりだ。しかし電源がつくと、後はKAITOが知るPCと一緒だ。HDDの回る、低い音もする。
「お兄ちゃん、お茶」
「サンキュー。あーくそ、重いなぁ」
 お茶を入れに立っていたマスターも、兄にお茶を手渡すと隣に腰を下ろした。マスターの兄はカチカチと何か操作をしていたが、次第に騒がしい声が聞こえ始めた。画面にぺったりと張り付いて横を見ようとするが、角度のせいか見えない。しかし、声だけははっきりと聞こえてくる。兄はお茶を啜り、マスターはおぉ、と声を上げた。
「やだー、可愛いー!!初めましてー!!」
「ちょっと皆黙って、煩いわよ。初めまして、妹さん。私はメイコです」
 大人びた女性の声がする。KAITOの心臓は大きく跳ね上がった。この声が、メイコなのだ。メイコ以外のボーカロイド達は密かに会話をするばかりで、メイコが先頭切ってKAITOのマスターと話している。
「メイコちゃんっていうのかー。あんな変な兄貴でごめんねー、変な歌歌わせられてない?」
「おいこら、ちょっと待て。兄貴の事をそんな悪く、」
「いえ大丈夫です。頼りないマスターですけれど、私達で支えてます」
「おいメイコ、お前も勝手なこと、」
 マスターの兄が二人の言う事に反論しようとするが、彼女たちは聞く耳も持たない。彼は一頻り口を挟んでいたが、愈々彼女達が白熱し始めると、大きく溜息をついた。それから、KAITOがいる妹のPCへ寄ってくる。
「酷いよなー、何なんだよメイコの奴。あそこまで言うこたないよなー」
 KAITOが微苦笑を返すと、彼は満足したらしい。再び画面の向こう側から消え、メイコとマスターの会話に割って入った。ちょっとー、という女性陣の怒声が聞こえてくるが、彼は取り合う様子も無い。RANコードで互いのPCを繋ぐ。
「今日はそれが目的じゃねぇし、さっさとしようぜ」
 彼の言い分が最もだったからか、メイコとマスターが気まずそうに押し黙っている。
 愈々である。KAITOは画面から離れ、無限に続くようなくらい電脳空間に立ち、周りを見回していた。しばらくして、ふっと扉が現れる。来い、KAITO、とマスターの兄の声がし、KAITOはドアノブに手を掛けた。
 一瞬、自分の居るPCとは違う環境に視界が暗くなったが、すぐに慣れた。しっかりと見開いた目に、初めて見る家族の姿が映る。
「初めまして、KAITOさん、」
 兄をマスターとする面々が、KAITOに向かって笑った。一人だけ、無愛想に突っ立っている少年がいるが、KAITOは気にもせず、むしろ感動で胸がいっぱいになった。
「初めまして、メイコさん、ミクさん、リンさん、レン君、」
 会えて嬉しいです、と付け加えれば、彼女達の笑みが一層深まる。少年も照れくさそうに身体を揺らした。
 不思議と、彼女達の名前は口から飛び出していた。理由は分からない。しかし、全員の目を見て呼べた事が何より嬉しい。これでやっと、KAITOは自分の家族と出会うことが出来たのだ。
 KAITOが感慨に耽っていると、あら、というメイコの声が聞こえた。その声を愛しく思いながら、KAITOは彼女達に焦点を合わせた。
「KAITOは?いないの?」
 KAITO?
 訳が分からず、KAITOならここにいるけれど・・・、と手を上げようとして、その手を何者かに掴まれた。突然の事に驚き、KAITOは手を振りほどこうとするが、強い力で掴まれていてビクともしない。放そうと躍起になっていると、後ろで、明るい自分の声がした。僕ならここにいるよ、という所在表明の言葉。
 KAITOは驚いて手を振りほどこうとするのも忘れ、後ろを振り返った。そこにいるのは、紛れも無い、KAITOだ。
「ちょ、ちょっとカイト!何KAITOさんに失礼なことしてるの!!」
「だってメイコ姉さん、こいつが手を上げようとしてたんだもん。僕はここに居るのに、」
 でしょう、と振り向いたままのKAITOに、カイトは笑いかけた。マスターの兄は、冗談抜きで日本製ボーカロイドを全て揃えていたらしい。はっ、と目前を見ると、メイコやミク、リンとレンまでもが、KAITOに注視している。KAITOは今の状況が情けない物だと気付き、放してください、と身をよじってカイトから離れると、ドアノブを回した。顔が熱い。
「あっ、KAITOさんっ!」
 ミクの高い声が聞こえ、ついで「バカー!」「カイトのせいじゃない!」「KAITOさん向こう行っちゃったじゃないか」「ミクも行きたいよ、向こう」「リンもー!!」「えー、僕のせいなの?」などと声が聞こえる。KAITOは向こうから開けられないように、ドアに体重を掛けた。
 他のボーカロイド、しかもマスターが違う自分と出会うなどと、予期していなかった。また、出会ったこともなかった。つまるところ、今まで交流、というものをした事がなかったのだ。だが、そのKAITOにさえ分かる。男(マスターが違う自分と言えど、)にああも簡単に身体を押さえられるなど、屈辱以外の何物でもない。きっと、ミクたちに今頃笑われているだろう。
 情けなくて、ドアに凭れながら肩を震わせていると、ひょっこりとマスターが現れた。面白そうに笑っている。KAITOと呼ばれ、KAITOは潤んだ瞳で彼女を見上げた。
「マ、マスタぁ・・・・」
「KATIO、機嫌悪くしちゃった?あんなの初めてだしね、仕方ないか」
 彼女がニヤニヤと笑っているものだから、KAITOは恥ずかしくなって顔を伏せた。
「ごめんなKAITO。うちのカイトはほら、あんまり、頭が、なぁ、」
 いつの間にかKAITOを見下ろしていたマスターの兄も、KAITOを見て苦い顔で言った。画面に顔を寄せ、バカイトだし、とこっそり囁く。
「バカイトってゆうなぁー!!マスター、聞こえてるんですよっ」
 向こうからカイトの怒鳴る声が聞こえ、怒ったように背後のドアが揺れる。ひっと喉を詰まらせて、KAITOは少しドアから距離を置いた。ドアを一枚隔てて、マスターの兄のボーカロイドたちが、騒ぐ声が聞こえる。カイト兄ちゃん落ち着いてー、と言うリンの声が良く聞こえた。
 兄のPCでボーカロイドたちが大騒ぎを始めたようで、兄は慌ててRANコードを取り外した。途端に扉が消え、また真っ暗な電脳空間に戻ってしまった。兄は自身のPCに向かって、必死にボーカロイドたちを宥めすかしている。
 KAITOのマスターは、その様子を見て溜息を吐いた。KAITOに向かって肩を竦ませ、歌っとこうか、と苦笑まじりに言う。KAITOは、少し疲れたような面持ちで、力なく頷いた。
「設定とかは、さっきのまんまでいいよね。さっ、KAITO、歌うよ、」
 未だ意気消沈していたKAITOだったが、情けない姿を再度晒すことになるのと、マスターに失礼だということに思い当たり、すっ、と姿勢を正した。そして流れ出す柔らかい声。
 隣のPCでは相変わらず騒いでいたが、次第に静かになる。KAITOが歌い終わる頃には、すっかり静かになっていた。歌い終わり、満足げに息を吐いたKAITOの背後から、急に何かが覆いかぶさってきた。兄のボーカロイドたちだ。重さで前に倒れ、KAITOは強かに胸を打ちそうになったが、マフラーで回避した。
「えっ、うわっ、あのっ・・・」
 結構な息苦しさを感じながら、KAITOは自分の背に飛び乗ってきた顔ぶれを見上げた。ミクとリン、それからレンの三人である。その後から慌てたようにメイコがやってきて、駄目じゃない、と語気荒く言いながら三人を退けてくれた。ありがたい、と思いながらKAITOは立ち上がり、弱く咳き込んだ。
「ケホッ、ありがとうございます、っケホケホッ」
「KAITOさんごめんなさいね、マスターがいつの間にかRANコードで繋いでたみたいで、貴方が歌い終わった後すぐ出て行っちゃって・・・」
 メイコがチラリ、と後ろに目をやる。確かに、先程見た扉が開け放たれて存在している。それを確認していたのはほんの数秒だったが、その間にミクがKAITOに飛びついてきた。僅かながらも確かな胸の感触と、女の子らしい甘い匂いを嗅いで、KAITOは思わず赤面してしまう。しかし、ミクはKAITOのことなど露ほども知らず、うふふ、と柔らかく笑った。
「KAITOさん、歌お上手ですねっ!ミク、感動しちゃった!」
「え、いや、ミクさんたちの方がうまいと思いますけど・・・」
「あっミク姉ずるいっ、あたしもっ!」
 きゃーっ、と明るく溌剌とした叫び声を上げながら、リンも飛びついてきた。二人の腕がKAITOの首に巻きつき、KAITOはカエルが潰れた様な声を出す。正直、ほとほと参ってしまっていたKAITOにしがみつくリンとミクに声を掛けたのは、今まで黙っていたレンだった。
「もー、ミク姉もリンも止めろよ。KAITOさん参っちゃってるだろ」
 KAITOさん参っちゃってるだろ、の言葉にミクとリンは反応し、素早くKAITOから降りた。そして、ごめんなさい、大丈夫ですかKAITOさん、と声を掛けてきた。KAITOは目を回しながら、小さく頷いた。ヘタリ、と座り込んだKAITOに、レンは続けて話しかける。
「KAITOさん、」
 KAITOはふらつく頭でレンを見上げ、何ですか、と問いかけた。レンはニカッと笑って、KAITOの手をとる。
「俺、KAITOさんの声が大好きです!俺とは全然違う声で、」
 その晴れやかで眩しい笑顔に、KAITOは圧倒されながら、どもりつつありがとう、と頷いた。
 さて、その様子を見ていて面白くないのは、カイトである。一人遅れて扉をくぐったカイトは、ぷっと頬を膨らませて、メイコの隣に立った。そして、メイコを見下ろしながらメイコ姉さん、と呼んだ。メイコは、微笑ましそうにミクたちを見ながら、んー、と返事をした。
「僕、要らない子みたいだよね、これじゃ」
 不貞腐れたその言葉に、メイコはくすりと笑う。
「そんなことないわよ。いてくれたら嬉しいわ」
 メイコの見上げてくる顔を見ながら、胡乱な顔をしていたが、やがてニッコリと微笑んだ。その単純な弟の頭を、メイコは微笑みながら撫でた。
 KAITOは三人の少年少女たちに纏わりつかれながら、二人のその様子を見ていた。家族といった風情に、少し胸が痛くなる。
「おい、お前ら、」
 KAITOのマスターのPC内でキャーキャー騒いでいると、マスターの兄の声が聞こえてきた。大分疲れている声だ。
 彼は、「RANコードとるから、早く戻れ」とだけ言って、自分のボーカロイドたちが帰ってくるのを見届けると、RANコードを外した。扉が一瞬にして消える。静かになってしまった空間は、少し寂しい。
「どう、KAITO。仲良くなれた?」
 マスターが、優しい声で問いかけてきた。視界の端に彼女の兄が片付けているのを入れながら、はい、と頷く。彼女は満足そうに笑ってから、兄へと向き直った。片づけを済ませた彼が立ち上がり、KAITOに言葉を残して玄関へと歩いていく。マスターも、その後を追いかけていった。
 また来てよ、KAITO寂しそうだし。お前が自分で買えやいいだろ。無理に決まってるんじゃん、じゃ、また来週。ああ。
 玄関口で交わされる会話から、彼がまた来るらしい、という事が分かった。KAITOは今から来週が待ち遠しくなる。
「KAITO、疲れたでしょ。今日はおやすみ」
「はい、マスター」
 それじゃ、と言って、彼女はPCの電源を消した。KAITOは、完全に落ちるまでのその間、今日見るであろう夢を思い浮かべていることにする。











08 02 01 くしの実
08 06 29 本館に移しました。