ダストシュート




 一体、これで何人目だろう。
 途中まで忌々しい、と呪詛の言葉を連ねさせながらも人数を数えていたが、もう飽きてきた。数も分かんなくなっちまったし。
「う、受け取ってくださいっ!!」
 あぁ思い出した、確か十四人目だ。俺は彼女と古泉から見えないところで、彼女の言葉を聴きながら、やっと思い出せてほっとした。こういうのが思い出せないってのは、なんとなくイライラするもんだ。
「あの、申し訳ないですが・・・」
 こう言葉が続くのも、十四回目か?きっと、そのうち女の子が飛び出してきて、俺を睨み付けてから走っていくに違いない。
 聖バレンタインデー、なんてまことに厄介なイベント事の日だった、今日は。無駄に倒置法にしてみたが、俺みたいな貰う相手も無い男には苦の、或いは上げる当ても無い女にも苦のイベントだ。
 今朝、俺は起きて、ああついに来てしまった、と嘆いたものだ。嘆いたところで、今日という日は始まるし、明日という日がやって来ることもない。諦念でいっぱいになりながら、俺は顔を洗った。どうせ、今年も貰えないよ。
 バレンタイン、てのは、菓子会社の策略じゃねぇか。まずそもそも、バレンタインというのはバレンチーノという宣教師が死んだ日であり、何もめでたい日ではない。そのとおりじゃないか、バレンチーノも自分の命日をお祝い事のようにされて、今頃お星様の上で嘆いているに違いない。
「全くもって、そのとおりだと思いますよ」
 学内のカフェテラスで、古泉は苦い顔をしながら言った。その後、不味そうにコーヒーを口に運ぶ。
 ほぉ、さすがに貰える男は違うなぁ。何だお前アレか、貰いすぎて困ってるんですよね、ってあれか。
 午後のカフェテラスは、カップルやサークルなんかでいっぱいになる。温かい日差しが差し込む此処は、学生に人気があるのだ。今日はさらに満員御礼で、あっちこっちでビビットピンクのオーラを垂れ流しており、俺達みたいに男二人きり、なんてムサイのは他に見当たらない。バレンタイン効果か。
「さすがに、そこまでは言いませんよ。失礼ですしね。しかし、断ったり貰ったりするこっちの身にもなって欲しいものですよ。全部貰っては、少々荷物になってしまいますし」
「ほおう、それは貰えない俺への当て付けか、あぁ?」
「あなたに当て付けをして、何になるって言うんですか。そんなんじゃありませんよ」
 正直な感想なんです、と古泉は唇を尖らせた。お前がやったところでキモイだけだ。
 そりゃ俺だってな、モテる奴は大変だと思うぜ、正直なところ。しかし、ムカつく・ムカつかないという話とは別だ。当たり前の事ながら、モテる奴は非常にムカつく。それこそ、古泉とかな。
 だが、そのムカつく奴に惚れてるってのは、正直なところどうなんだろう。ううむ、自分でもいただけないことだ。
 一人眉を顰めていると、古泉があの、と声を掛けてきた。
「あなたは貰ってないんですか?」
「貰えるわけねぇだろ。ハルヒたちがくれた高校時代とは、訳が違う。俺はモテない部類なんだ」
「意外ですね。貰っているものだとばかり」
「貰ってたら、お前につっかかるわけねぇだろ」
 俺がそう言って思いっきり眉を怒らせると、古泉はへら、と笑った。何だその嬉しそうな顔は。俺にケンカでもしかけてんのか。これ以上、考えるのはバカらしくなって、止めた。冷めたコーヒーを啜る。味が薄い、不味い。思わず、溜息が零れ出る。
 自分が少数派だと分かっていても、やっぱり女の子にチョコは貰いたいもんだ。チョコ=愛情だからな、いくつ貰ってもいい。それでも、自分は良くても、古泉が貰うのは大いに頂けない。いや、古泉は受け取ってもいないが、女が古泉に寄ってくってのがムカつく。
 男に惚れることの出来る女はいいな。俺は男だから女に惚れなきゃいけない筈だが、何を間違えて古泉なんざに惚れちまったんだが、自分の脳内を見てみたい。
「あの、古泉さん、」
 黙りこくっている二人の男の間に、涼やかな声が聞こえた。今日、女の子が古泉に話しかける事なんて一つしかなくて、俺はそれを分かっていた筈だったが、ふと顔を上げた。見上げた顔は、ハルヒたちまでとはいかないまでも、それなりに美人だ。
「古泉さん、これ、受け取ってもらえますか」
「え、あの、」
 二人の間に突然割り込んできた人物に、古泉は酷く驚いたようで、いつもの如才ない笑みが僅かに引きつっている。俺は、黙って事の成り行きを見守るしかない。
「すみませんが、受け取るのは、」
「人助けって思って、お願い、これ貰ってください。お願いします」
 彼女は古泉の腕に小さな箱を押し付けると、走って行ってしまった。二回もお願いします、と言われた上に、周りの視線は全て残らず俺達に向かっていて、古泉は胸の中に納まった箱をどうにもできない。古泉は黙って立ち上がり、俺もそそくさとその場を退去することにした。

「困ったなぁ、貰ったところでどうしようもないんですが」
 行き場に困った俺と古泉は、古泉の所属するサークル部屋に行き、鍵を閉めた。珍しく、部屋には誰もいない。
 古泉はパイプ椅子を持ってきて、机に置いた先程貰ったチョコを前に腕を組んだ。チョコレートが入った箱は、華やかな姿でそこに鎮座している。俺は悩む古泉に、頬杖をつきながら助言してやった。
「彼女が言ってたとおり、人助けと思って食えやいいだろ。あんな可愛い子がくれたのに、何で食べないんだよ」
 古泉は腕を組んだまま黙り込み、突然可愛らしい箱を持って立ち上がった。そのまま、ゴミ箱に近づき、あっと思い俺が立ち上がるのも遅く、古泉はゴミとしてそれを捨てた。俺は驚いて、息を呑む。
「僕は要らないと言いましたし、要らない物はゴミです」
 でしょう、と同意を求められても困る。固まる俺を横目に、古泉は晴れ晴れと笑った。
「ゴミはゴミ箱へ捨てなければいけませんから、これは間違いじゃない筈です」
 俺は何も答えなかった。嬉しかったのだ。古泉が、貰ったチョコレートを躊躇無く捨てたことが、だ。
 さて、と言って解決し終わった古泉は、満足げに笑いながら鍵を開けた。古びた扉は軋んだ音を立てながら開く。足取り軽く出て行こうとする古泉の背に向かって、俺は呼び止めた。古泉が笑顔で振り向く。
「これ、やるよ」
 ポケットに入っていた小さなキャンディを放る。古泉は慌てて手を差し出し、それを取った。キョトリ、と俺を見てくる古泉に、バレンタインだからな、と小さく続ける。古泉は一瞬口を開いて、それから満面の笑みを浮かべた。
「ありがたく、いただいておきます」









歪みすぎな古泉
と、古泉が女の子のチョコを捨てたので、嬉しいキョン。
どっちも酷いや。
Happy Valentine!

08 02 14 くしの実