Give you...






珍しく、綱吉が住む地域では、二月に入ってから雪が降り出した。並盛の町が、静かに静かに雪に埋もれていく。
 綱吉は、頻りと降り続ける雪を、窓から眺めていた。授業中も降り続ける雪は、綱吉の集中力を途切れさせる。しんしんと降る雪に、目を奪われていた。
 後二日もすれば、バレンタインだ。そのせいか、男子も女子も学校全体が高揚している。しかし、綱吉には貰う当ても無く、高揚どころか落ち込むばかりだ。早く過ぎればいいのに、とすら思う。そう思って、溜息を吐いた。溜息を吐いてから、唇にそっと触れてみた。
 獄寺が不意のキス、をしてきてから、もう二週間程経つ。その間、獄寺の顔をまともに見られず、見かけたりすれば胸が苦しくなった。山本は、何かあったと気付いているのだろうが、何も聞いてこない。優しく、気の利く人間である。綱吉はどうにもならない状況に嘆息をつき、それからノートに目を落とした。

 思い出してみれば、まだたったの二週間前だ。だがしかし、綱吉にはもう遠い昔の事のように思えてならない。
 あの時、獄寺は一体どんな気持ちでキスをしてきたのだろうか。
 最近の綱吉の懸念は、それだけだった。或いは、そればかりが考えに浮かんでしまうと言っても良い。それ以外、何も考えられないのだ。そして、そういう時に限ってリボーンも何もしてこず、綱吉は思考の深淵へと沈んで行ってしまう。
 あの時の事を思い出して、すぐに蘇ってくるのは、低く押し殺したような十代目、という声だった。乾いたような低い声に、綱吉は背中に違和感を覚える。ついで、暗く切羽詰ったような、諦念が表れたような瞳を思い浮かべる。そして、唇が触れ合い、綱吉が拒絶を示した時の彼の顔。思い出す顔は、ゆらゆらと滲んでいた。
 コロ、と指先だけでシャープペンシルを転がす。深みへと嵌っていく思考を戻すには、手ごろな遊びだった。
(獄寺君、君は今、何を考えているの、)
 眉を歪めて、獄寺の方を向く。彼の背中は固く、綱吉の視線をも拒絶する。二、三日のうちはその背に憤りも覚えたが、時が経つにつれ哀しくなっていった。何故、拒絶されなければならないのだろう。彼らは良き友であった筈だ。そして、いられた筈だ。それが哀しい。
(獄寺君、君は、)
 彼の背に向かって、溜息を吐く。二週間で癖になってしまった。軽い溜息も、重い溜息も、知ってしまった。知らないでいたかったと思う。
 獄寺の心が分からないのは、悲哀を感じるとともに、怖くて不安だった。あれは一体、どのような意図でしてきたものなのか、綱吉は未だ知らない。でも、知りたいのと同様に知りたくも無かった。彼が何を思っているか分からないからこそ、知りたくない。知る必要も無い。
 休み時間は、空元気を振り撒いた。心優しい友を心配させたくなかったのだ。だが、心底疲れる。山本には悪かったが、彼の言葉の端々から伺える彼の心配も、自分の空元気も疲れた。獄寺は、山本に突っ掛かりもしなければ、綱吉に視線を向ける事もなく、三人でいるというのに、てんでばらばらの場所に居るという風情だ。その横ではバレンタインで浮き足立っているというのに、こちらとの落差に泣きたくなる。たまには、浮いた話もしたい。
 ふ、と女子達の会話が聞こえてきた。楽しげなヒソヒソ声が、綱吉の耳に届いてくる。
「ね、山本にあげるでしょ、」
「やだぁ、当たり前じゃん」
「でもさ、獄寺君にあげたいなぁ、あたし」
「あたしもー。山本なんかより格好いいもん、」
 クスクスと無邪気に笑いあう女子達は、相手の話をしているらしい。到底、綱吉とは無縁な話だ。山本をちらり、と見上げると、一生懸命盛り上げようと、空回ったことばかりを話している。嬉しくて、少し痛い。胸の奥が、ツクリ、と痛む。
 綱吉は、獄寺に渡してみようかと思った。甘いチョコレート、ではなく苦いタバコを。彼はきっと、チョコレートなんて掃いて捨てるほど貰うだろうし、甘い物は嫌いだった気がする。
 もしそれで前のように戻れたら、綱吉は嬉しい。山本だって喜んでくれるだろう。
 窓の外を見やれば、子供達が遊んでいる姿が目に入った。バレンタインまで、後二日だ。












獄寺の事を理解しているようで、理解していない綱吉。
付き合うという考えなんて、毛頭もないよ。

08 02 12 くしの実