真夏の事情
真っ赤にズキズキと痛みを発している腕を暫く見つめ、綱吉は溜息を吐いた。 日焼けに弱い体質の綱吉は、幼少のときから、白く滑らかな肌を保ち続けていた。だが、仕事の関係で野外に出るため、20代前半の今は腕は赤く焼けてしまい、白い肌はもはや赤く染まってしまっている。 「日焼け止め塗ったのに・・・・」 うらめしげに自らの腕を見つつ、呟くと綱吉は捲くっていたスーツの袖を元に戻し、肌に衣服がこすれる痛みに耐えながら、ブラウンのカーテンを引いた。入ってきていた光がフッと途切れ、部屋は薄暗くなる。電灯を点そうと振り返ったところへ、控えめな音が響いた。ノック、それは部屋主に対しての礼儀であり、これを怠るものは人間としての品格がかなり下がってしまう。綱吉はそう考えていたので、部下にはどの部屋に入るときもノックをしろと言っていた。敵陣の中では無効だが。 「入って」 「失礼します。ボンゴレ、暗いですよ、ここ」 扉からすぐ横にあるスイッチを押し、骸はネクタイを整えながら一歩踏み出した。無駄が一つもない優雅な動きだった。 (骸は人を殺めるときも返り血を絶対浴びない) そんなことを考えながら綱吉はコーヒーをすすった。いつもコーヒーをいれる人間は違うが、今日は雲雀がいれた。ブラック派の雲雀は、綱吉がブラックを好ましくないのを知っているが、ブラックをいれる。しかも一般のブラックよりもかなり濃い。綱吉は顔をしかめて、残っていたコーヒーにミルクを加えた。うずを巻いていた闇がほんのりと色づき、綱吉好みの色になる。 「ミルク入れすぎじゃないですか?」 様子を黙って見守っていた骸が、綱吉が口に含もうとした瞬間、カップを奪い取った。中の液体が大きく波打つがこぼれない。 「やっぱ入れすぎですよ」 ミニキッチンのながしに全て流すと、骸はティーポットを取り出した。 「何がいいですか?今日は葉がたくさん入りましたから」 「さっきのコーヒーでよかったのに。うーん、オレンジペコーがいいな」 責めるような視線をあび、綱吉は早口に伝えた。骸は満足そうに微笑んで手際よく紅茶をいれ始める。その手元を目で追い、綱吉は立ち上がった。骸の動きが一瞬止まり、顔を上げる。 「どうしたんです、ボンゴレ」 「お前ってさ、手、っていうのかな。キレイだよな」 「なんです急に」 (その指が、人を殺すのか) 目を細めて綱吉は骸へ一歩近付いた。革靴が冷たい音を響かせ、その音は骸の耳に悲しい音となって響いた。白い電灯のせいで青白く見える綱吉の顔に表情はない。長い睫の影がそれをいっそう際立てた。 「ボンゴレ、顔色が、」 「なぁ、骸」 言葉をさえぎられ、骸は開きかけた口をゆっくりと閉じた。小さな不安が胸を横切る。明らかにいつもと様子のちがう自らのボスにゾワリとした。 「なんで俺たちは、」 言葉を区切ってゆっくりと顔を上げた綱吉の瞳は、どことなくうるんでいた。小さく息を呑んで、骸はいつの間にかすぐ近くに来ていた綱吉へ手を伸ばした。 「どうして俺たちはマフィアになったんだろう」 真っ直ぐに骸を見つめ、それでいて焦点のあっていない綱吉の目は何かに怯えるように左右にゆれていた。 かまわずその腕をそっととって、骸は自らの手と綱吉の手を合わせた。 「貴方がマフィアになった理由は知りません、でも・・・僕がマフィアになったのは貴方がマフィアになると決めたからです」 6年前の貴方の汚れていない瞳のせいかもしれませんね、と笑いで動揺をごまかし、そっと綱吉の手のひらから自らの手を離す。しっとりと汗ばんでいるのも笑いでごまかして、骸はオレンジペコーをティーカップへそそいだ。湯気がゆらり、とゆれ、オレンジの香りを運んだ。 「俺がマフィアにならなかったら、骸はマフィアにならなかったんだ」 「いえ、貴方がボスにならなかったとしても僕はマフィアになっていたでしょう。ボスが違うだけで」 ふうん、と綱吉は言うと、骸がいれた紅茶を口へ運んだ。水蒸気と香りが鼻に入る。水蒸気にむせてせきこむ。近くにおいてあったハンドタオルで口元をぬぐって綱吉は溜息をついた。 (さっきのセリフは絶対に矛盾してる) 紅茶を少しずつ飲みながら綱吉はイスに足を組んで座っている骸を見つめた。 (俺がマフィアになるって決めたからマフィアになったって言ってる割には俺がならなくてもなってたみたいだし) 「骸ってたまに意味分かんないよな」 「どこがですが、これでも話すときはしっかり気を配ってますよ」 さっきの骸のセリフの感想をのべただけの綱吉に矢のように反論して骸は自分の分の紅茶を飲んだ。温かい味が口内に広がり、舌の上で転がしながら飲み下す。のどを通って温かいものが体中に染みていく。 「まぁ、」 急に口を開いた骸を驚いたように見上げて、綱吉は無言で続きを促した。 「貴方のいないファミリーなんてつまらないでしょう」 (素直じゃない奴) 何も返さずに綱吉は残りの紅茶を口内へ流し込んだ。その時、荒々しいノック音がした。2人同時に扉を見つめ、溜息をついた。綱吉が「どうぞ」と言おうと口を開いた瞬間、扉は開け放たれた。 「君は返事が遅いよ」 吊り上った眉をさらに吊り上げて入ってきたのは雲雀だ。綱吉の手元のティーカップを目ざとく発見し、さらに眉間にしわを寄せた。 「僕がいれたコーヒーはどうしたの?」 「えーっと、」 言い訳を探す綱吉の目の端に漆黒に光るトンファーが映る。ハチミツ色の髪を抱えて、綱吉は雲雀の殺意に満ちた視線を交わした。骸はいまや目の前に立っている雲雀をまったく気にせず、もう一度紅茶を口に含んだ。その姿を睨みつけて雲雀は骸にトンファーを向けた。 「センスのない武器を向けないでくれます?」 「これにセンスを感じられないの?君の目、もうだめなんじゃない?」 「貴方のセンス、死んでますよ」 カチャリ、とティーカップを受け皿へ置いて、骸は視線を雲雀へ向けた。冷たい視線同士がぶつかる。綱吉はおそるおそる顔を上げて青ざめた。2人の敵意に満ちたオーラが室内へ充満していた。 「痛てっ」 ふいに日焼けの痛みが戻ってきて、綱吉は腕をおさえた。骸と雲雀の視線が綱吉へ移る。骸はイスの背もたれをのりこえ、綱吉の隣へ立つと、スーツのそでをまくった。真っ赤な肌が出てくる。痛みに顔をゆがめて綱吉は涙目で骸をにらみつけた。 「もう少し優しくまくってよ」 「優しくも何も、こんなになるまでどうして言わなかったんですか」 骸の追求に唸って、綱吉は袖を戻した。それでさえも痛みを感じる。そんな綱吉の態度に起こったのか、骸は綱吉の腕を軽くたたいた。声にならない悲鳴をあげて、綱吉は机に突っ伏した。 「君、綱吉に何してるの?かみ殺すよ」 「貴方こそ、僕より早く来ておいて気付かなかったんですか?」 「それは君もじゃないの?」 漂い始めた不穏なオーラを、綱吉は絶望的な目で見上げた。互いの短所を言い合っている部下に、恨めしげに視線を送って綱吉はもう一度自分でそっと腕を捲くった。 「うー」 唸った綱吉の横に薬が投げつけられた。跳ね返った薬が横倒しで転がる。 「リボーン・・・」 入り口に立っていたリボーンの手からはなたれた薬を手にとって、綱吉は「ありがと」と言った。 「アルコバレーノ、お疲れ様です、ところでこの鳥をどっか部屋に監禁してくれません?」 「ああ、赤ん坊、このパイナップルを市場に送りつけてくれない?」 (いい加減にしろよ!!) 腕に薬を塗りながら、とうとう綱吉は叫んだ。 |