小さなこどもたちに、心からの愛情を

 今年一番の寒さのその日は、気象台が零点下と予報したとおり、0度を下回った。
 空は雪空で、今もちらちらと雪が舞っている。
 綱吉は退屈そうにそれを見上げて、息を吐いた。室内は温かく整備されていて、早速白い息なんて出やしない。
 窓には露がつき、子供の居候たちが書いた絵から水滴が流れていく。窓際から離れない2人の子供の腋の下を抱えて持ち上げた。今年8歳になったらしい2人は、だがまだまだ軽い。
「そろそろ、窓から離れろよ。風邪ひいたら困るだろ」
 ランボがえぇと抗議の声を上げたが、一方イーピンは大人しく頷いた。少し寂しそうなイーピンの姿に、ランボの姿よりツクンときて、ごめんね、と小さく言った。高校生になっても、子供に弱いのは変わりないのだ。
 彼の家庭教師も、本来ならば幼稚園(或いは保育園)に入園する年頃だったが、彼は
「面倒くさい」
一蹴しただけだった。その姿は、来た当初よりほんの僅か大きくなっている。だが、同学年の子らよりは随分と大きい。彼はそのことについて西洋人だからな、としか言わなかった。教える気は毛頭ないらしい。綱吉年は純粋にその理由を聞きたかっただけだったから、少しむっとした。一応、その時の答えが来るのを待っているのだが、その時はきっと一生来ないだろう。―要するに、綱吉はアルコバレーノとしての彼を聞いているのだから。―
 この3年の間、大して綱吉に変化は訪れなかった。勉強、運動、何においても相変わらずダメツナだ。だが、諦めのよい性格だけは直っていた。ただ、むしろ前より性質が悪くなっている。何故なら、何事も達観したような見方で物事を見ているからだ。
 山本や獄寺もずっと綱吉の傍にいる。それは雲雀もいっしょだったが。―彼は、「好きな学年だからね」と綱吉の中学卒業を待っていた。―無論、マフィアという事実を知っているのは獄寺ぐらいだったが、雲雀は薄々感づいているのではないかと思う。彼は、末恐ろしい、何をしでかすかてんでわからない男だったから。
 リボーンは、どうやら高校卒業と同時にイタリアに連れて行きたいらしく、最近ボスにする教育は銃器を扱うまでになった。こんな事、普通の高校生には必要ない筈なのに、と悲観こそすれど、反抗はしない。リボーンという人物は、抵抗するには少し恐ろしすぎた。(勿論、少し、なんて程度ではないのだが。)



「雪が降るなんて、珍しいな」
 綱吉が窓から外を見上げる。ちらちらと降る雪は、当分止みそうにない。んっと伸びをしていると、後ろからリボーンが声をかけた。
「遊びたいのか、ダメツナ」
「んなわけないじゃん。俺より、寧ろこいつらが遊びたがってるんじゃない?」
 綱吉の腰にしがみついている2人を指差すと、あぁとリボーンが頷く。分かってるなら聞くなよ、と綱吉は思ったが、思っただけにした。思っただけでも彼の家庭教師は分かっている筈だからだ。案の定分かっていたようで、ダメツナだからいいんだよと頭を叩かれた。まだ、銃が突きつけられないだけ、ましというものか。はは、と苦笑すると、リボーンはフンッと鼻を鳴らした。
 すっかり美少女になってきたイーピンに、外で遊びたい?と聞くと、輝かんばかりの目で頷く。よしと言ってイーピンを抱き上げて、箪笥に向かった。元は綱吉の箪笥だったが、今ではイーピンやランボたちの子供服のほうが多くなってきている。母が「だってツッ君たら着せ替えさせてくれないんだもの」と少女顔に乗せて言ったとおり、綱吉がそこまでファッションに気を使わない所為だ。服を買えば買うだけ、喜んでくれる子供達の方が、奈々も嬉しいだろう。そう思うと、別に腹は立たなかった。
 実際、彼らの服は(或いはイーピンに限定して)母の趣味に思い切り走っていた。イーピンの服なんか、女の子と言わんばかりの物で、レースやリボンを使っていないものが1つもなく、基調となる色は全てピンクだ。そして、その服たちは、美少女然としたイーピンには良く似合っていた。
 洋服箪笥を開けて、己の腕の中に居る少女にどれがいいと問うと、ピンクのフード付きコートを指差す。フードにはファーもついていた。綱吉はニッコリと笑って頷くと、コートをハンガーからとった。イーピンをそっと地上に下りさせて、手渡す。ありがとう、と片言で言って、イーピンは受け取った。相変わらず腰にしがみついていたランボが、俺っちも俺っちもと騒ぐのは、その間だけスルーした。
「で、ランボはどれがいいの?」
「ランボさんは、これがいいもんね!」
 ぐ、とコートを引っ張るランボを壊れるだろと嗜めながらとる。ランボはそれを受け取ると、ふふと笑って嬉しそうに羽織る。綱吉も微笑ましくて、思わず笑った。
 ブーツを履くと、即座に駆け出していった2人に、綱吉も靴をはきながら気を付けろよと声をかけた。分かっていないのだろうが、良い子のお返事が返ってきて、綱吉は溜息を吐く。
 リボーンは、玄関の段差に座って足をぶらぶらとさせている。可愛いなと呟くと、リボーンの手を取った。
「俺は1人でも歩けるぞ、」
「知ってる」
 きっと、昔の自分はこんな事出来なかっただろうな、とリボーンの手を引きながら思う。2人の歩く雪の上には、点々と小さな足跡がついている。歩幅は狭い。
 無言で小さな足跡を辿るように公園へ向かう。3年前は、フゥ太や獄寺、山本にディーノも交えて雪合戦をしたな、と思い出した。ディーノも獄寺もフゥ太も、今はイタリアにいるが、電話で呼べば1週間は掛からずに日本に来るだろう。特に獄寺は、半日で来てしまうのではないだろうか。それをし兼ねない獄寺を思い出して、ふるふると頭を振った。自分の考えた事が恐ろしかった。
 公園では、ランボやイーピンが雪合戦をしていた。それが、昔の自分達を彷彿とさせる。昔のデジャブをそこに重ねて、綱吉はゆっくりと目を閉じた。リボーンがするりと手を放す。離れていく手を名残惜しく重いながら、綱吉は素直に手を開いた。深く溜息を吐く。
「リボーン、」
「これ、やる」
 家庭教師の名前を呼んだと同時に渡された雪球を綱吉はしげしげと眺める。結構な硬さのそれは、当ったら痛いだろうと思った。そして、手の中のそれとまだ下にあるリボーンの顔を見る。ニッと年不相応なニヒルな笑みを浮かべると、リボーンは自分の手に持っていた別の雪球をランボに当てる。残像が残らない程、剛速球の玉だった。
 くぴゃっと相変わらずな奇声を発して、ランボが雪に埋まる。あーあと声を出さずにそれを見ていると、当てないのかと問われた。肩をすくめて苦笑すると、そうかとまた投げる。狙いが正確なそれはランボの頭に放物線を描いて飛んでいった。いつ、10年バズーカを取り出すかと、気が気でなかった。
「そろそろ、止めれば?」
「そうだな、そろそろ、」
 リボーンは投球体勢に入っていた為、1つだけ放ると止めた。最後の1個が、ランボの頭で散る。一瞬間奇妙な静けさが公園に訪れたが、ぐすっと鼻を啜る音が聞こえたかと思うと、それは嗚咽に変わった。ランボの丸くなだらかな頬を涙が転がっていく。相変わらずもこもことした頭の中から10年バズーカを取り出した。イーピンが、慌ててそれを奪い、放り投げる。ぼすんと気の抜けたような音がして、雪の中に埋まった。ランボは泣き喚く。
「ガマン、じゃなかったのか?」
「ツナ、」
 綱吉がランボの元に歩み寄り、手を差し出すと、潤んだ目で綱吉を見上げその手を取り、立ち上がる。綱吉は、自分に体重をかけながら立ち上がる子供を手伝うように引っ張りあげた。向こうではイーピンが申し訳なさそうな、だがどこか羨ましげな顔でこっちを見ていた。その顔は、どこか庇護欲をそそる。やっぱり、子供が好きなんだな、とランボの手を引っ張りながらイーピンのところに行く。おんぶをする為にイーピンの前で腰をかがめると、イーピンは目を輝かせながら、背中に嬉々として飛びついた。よいしょと声をかけて立ち上がる。
 リボーンが1人で何も言わず立っていた。ただ、立っているだけだ。その表情から何が読み取れると言うわけではない。綱吉は困って、だがリボーンを抱き上げた。背に乗っている子供や、今手を引いている子供より、はるかに軽い。その軽さに驚きながら、支えるために手を回した。
「もう、いいだろ?帰っても。寒いし、遊んだだろ」
「ランボさんは帰ったらココアを飲むんだもんね!」
 ランボがガハハと笑いながら、繋いだ手を揺らす。綱吉はそれを幸せそうに見ながらはいはいと答えた。
「イーピンは?」
「・・・飲、む、」
 ゆっくりと、たどたどしい言葉で言った。愛しさが湧く。そうだね、とまた答えた。
 そして、ゆっくりと自分の腕に納まった子供を、見下ろした。円らな瞳とかち合う。
「・・・リボーン、は?」
「出されたもんは、飲むぞ」
 言外に、飲みたいのだといっていると理解して、綱吉は幸せそうに笑った。幸せだった。小さな子供達が、あまりに愛しかった。
 どうにかして、彼らを喜ばせたい。今の綱吉は、それ名利に尽きる。性格が少し悪くなっても、それだけは変わらなかった。やはり、綱吉は子供好きなのだ。


 何より、どんな子供達よりも、黒の死神が好きだった。


































07 05 18 くしの実