雲雀は考えた。綱吉は『いい人』に懐くから『いい人』になろう、と。 そして挫折した。『いい人』ってどうやってなるんだろう、と。 雲雀恭弥の的外れな決意 「…草壁」 「はっ、何でしょうか委員長!」 「『いい人』ってどうやればなれるの」 「いい人ですか!それはですね……ってはい?」 草壁は目を見開いた。聞き違いじゃなかろうかと、自分の耳を疑う。しかし目の前の風紀委員長が「知ってるの?それで方法は?」と期待した眼差しを向けながら僅かに身を乗り出したので、草壁は思わず卒倒しそうになった。 突然呼び出されたと思ったら一体何なんだ…。草壁は必死に意識を保たせながら、どもりつつも、 「ボランティア…をするのはどうでしょう…?」 「ボランティア?」 「募金活動や、町内の福祉に貢献など…ですかね」 「それなら、おかしい」 雲雀が眉をひそめて口を挟む。 「群れを咬み殺して風紀を正すことはいつもやってるのに、それがいい人になる方法なら、何故あの子は逃げるんだ」 それは福祉に貢献したとは言いません。それに、誰だって町内最強の人間が返り血まみれで近づいてきたら逃げると思いますが。 その言葉は喉まででかかったが、かろうじて草壁は口を閉じていた。命はまだ惜しい。 「…ああ、そういえば、明日緑化委員会が主催する『花いっぱい活動』というものが…」 「花いっぱい?そういえばあったね、そんな行事」 「自由参加ですが、宿題を忘れた罰則で沢田も出るらしいとのことです。もしかしたら沢田と作業ができるかもしれませんね」 がたん!ばさばさっ! 雲雀の机の上にあった本が数冊床に散らばる。 「な、何言ってるの…別に沢田なんてどうでもいいんだけど…。でもまあ、いい人になるためだからね。しょうがないから出るよ。沢田なんて本当にどうでもいいんだけどね」 床に落ちた本をめちゃくちゃに並べながらそう言う雲雀に、草壁は涙を呑んだ。今日は、赤飯を炊こう…。 花いっぱい活動当日、帰っていく生徒の群れから出来るだけ目を逸らしつつ、雲雀は花壇に足を進めた。『花いっぱい活動』といっても、花壇の雑草を抜いて水をやるだけの小規模なものだった。故に参加人数も少ない。はたしてこれがボランティアとなり、いい人への第一歩になるのだろうか。 ひとつため息をついてからふと左を見て、雲雀は目を思い切り見開く。そこにはなんと綱吉が居た。 「さわだ、」 「え?ひっ…ばりさん…」 ひっばりさん、て。悲鳴の途中から人の名前につなげるなよ。 「…君、宿題忘れの罰則なんだって?」 「あ、はい…。雲雀さんは…」 「当然僕は自主参加」 「で、ですよねー」 沈黙が降りる。草をむしりながらそれとなく綱吉に視線を向けると、彼は少し困ったように眉を下げていた。話しづらいのだろう。どうしたものか。目線を手元の草に移して考えていたときだ。 「あ、の、軍手…使いますか?」 「え?」 「い、いやあの、雲雀さん、素手でやってるから…汚れちゃうかなって、思って…」 綱吉の言葉はだんだん尻すぼみになっていく。差し出されていた軍手は新品のようだった。 こういう子をいい子と言うのだろう。自分はそんな風になれるのだろうか。…無理そうだ。 「…使わせてもらう」 「は、はい…」 軍手を受け取ると、綱吉は控えめな笑みを浮かべた。雲雀も小さく微笑み返して、また作業に移る。そこで再び沈黙が降りたが、あまり息苦しくは無かった。 草をむしりながら綱吉に貸してもらった軍手を見て、雲雀はため息をつく。気遣いが良くできる子だ。などと感心していたその矢先、雲雀は重要なことに気が付いた。 ありがとう、と礼を言っていない。 綱吉はまったく気にしていない(というより雲雀からお礼の言葉が出るとは思っていない)ようだが、『いい人』になると決意した雲雀にとってそれは大失態だった。思うままに雲雀は綱吉に向き直る。 「…沢田」 「はい?」 「軍手」 「軍手?あ、もしかして小さかったですか?」 「そうじゃなくて」 す、と息を吸い込む。 「あ、りがとう」 ぎこちなくなった。気合を入れたのに(むしろ入れたから?)どもってしまった。恥ずかしい。綱吉は「えっ、」と飛び上がらんばかりに肩を震わせて驚いている。 「や、そんな、滅相も無いです…」 ほんのり頬を朱に染めて恥らう綱吉は、雲雀の目から見るとどこをどうと説明するのもおこがましいくらいにとにかく完璧だった。 「…君はいい子だね」 「ひえっ!?」 …そこまで驚かなくても…。 「家の手伝いとかしてる?」 「え?そうですね…チビたちの面倒なら…」 「将来いいお嫁さんになるね、君」 「は?いやいや、そんなチビたちの面倒みてるくらいで…ていうか俺は性別的にお嫁さんにはちょっとなれないかなー、と」 「なれるよ。…僕が、もらうんだから」 「…へ?」 真顔で真剣に言ったつもりだったが、やはり普通ではないのか、綱吉はきょとんとして首を傾げた。そして突然「あっ、そうか!」と頷いた後、堰を切ったように笑い出す。 「ふ、あは、あははっ…雲雀さんも冗談とか言うんですね…!」 「冗談?」 「俺びっくりしちゃいました。雲雀さんってもっとこう、がちがちーっとしてるかと思ったらそうでもないんですね。何だかすごく近づけた気分です」 「……そう」 いいんだか、悪いんだか。好印象を持ってもらったが、冗談扱いだ。綱吉の笑いは止まらない。少し高めの声が耳をくすぐる。 「今まで雲雀さんはすごく遠くに居る感じだったんです。話しかけたりしちゃいけない存在っていうか…大げさに言うと神様みたいな」 「…神様…」 「黒曜戦とか、そういう都合のいいときばっかり神様雲雀様ーなんて頼ってごめんなさい。これからは俺も頑張りますね」 へにゃ、と笑う綱吉の頭に、無意識に手を置いていた。(もちろん汚れていないほうの手だ) なんですか?と首をかしげる綱吉の頭を軽く撫でる。 「別にいいよ、頼っても」 「え?」 「君に頼られるのは、悪くない」 そう言ったときの綱吉の頬が赤く染まっていることに、恥ずかしさで目を逸らしていた雲雀は気づかなかった。 放課後の自由参加活動に二人の姿が良く見られるようになったのは、それからすぐのこと。 おまたせしましたあああ!!! スライディングで土下座しても謝りきれない気がします。もはやなにもかもが遅すぎる。 こんなへたれなものでよければお受け取りくださいませ…!! |