Voice



 朝からしみるように痛む喉を右手で押さえ、綱吉は濁った声を絞り出した。その行いさえも、喉は悲鳴をあげるらしく、綱吉は二、三度と空咳を繰り返して息をついた。
「そんなガラガラな声で大丈夫なんですか?」
 皮肉を込めたように、片眉を吊り上げて、骸は自分の喉を指差して嘲笑した。綱吉は何度か発生し、諦めたように傍らに投げ出されていたパイプイスに、腰を下ろした。
「この声じゃ、今日は無理かもしんない。ごめん・・・・」
 綱吉が溜息とともに謝罪すると、パイプイスも錆付いた音を立てた。骸はいく分機嫌をよくしたらしく、頭を僅かに下げていた綱吉に声を掛けた。
「別に良いですよ。歌はいつでも歌えますから。それにしても、馬鹿はカゼをひかないというのに、どうしたんです?」
「それって、心配しているようで貶してるよね」
「いえ、とんでもない。別にそういう意味で言ったわけじゃありませんから」
「もういいよ。昨日風呂上りにCD聞いてたんだ、そしたら湯冷めしただけ」
 綱吉はパイプイスの背に手をかけ立ち上がると、脇にかけてあったカーディガンを器用に着、マフラーを首元に巻いて歩き出した。薄紫と白という淡い色合わせが綱吉らしい。そして骸の横を通り過ぎるとき、ぽそりと漏らした。
「それに・・・ドラム希望者が来てたから、髪、ちゃんと拭けなかった」
 あまりにも普通の物言いだったので骸は流しかけたが、素早く対応して綱吉のマフラーを掴んだ。
「ちょっと待ってください。君はいつもいつも一番大事なことを言いませんよね。なんでもっと早く言わなかったんですか」
 その後も小言を連発する骸を呆れたように見て、綱吉は骸の手中からマフラーを引っ張り出した。首に巻きなおし、綱吉は骸を一瞥して扉から外へ出た。
 そう、沢田綱吉と六道骸はいわゆる路上コンサートなどをしている(今のところ)二人組みだ。綱吉はその高く澄んでいる声を利用し、ボーカルをしている。本人曰く「骸の方が声綺麗だ」そうだ。骸は細長く整った器用な指先をうまく活用して、キーボードを今のところ担当している。一応本格派なので練習をするのだが予算が少なく、そう何回もはできない。ボーカルの綱吉の喉がガラ声というは、充分練習不可能のサインだ。ボーカルの声か出なきゃ意味がない。なので、せめて楽器だけでも合わせられるようにと、骸はドラムとベースを募集していたのだ。やっとドラムが出てきたのに、逃がしてやるわけにはいかない。
「綱吉君、誰ですドラム希望の人は。教えてください」
 街中を早起きで抜け、綱吉は骸を急に振り返った。止まれずにぶつかる。
「大丈夫ですか、綱吉君」
「うるはいっ大丈夫だよ」
「うるはいって・・・綱吉君熱あるんじゃないですか?」
 前髪をしたからのける様に上げ、掌を額に乗せる。綱吉は白い息を吐き出して、へらりと笑った。
「熱ありますね、帰りましょう」
 覚束ない足取りの綱吉の手を引いて、骸は期待に胸を膨らませた。ドラムのメンバーを見つけた。できれば同い年、いや年上でも構わない。とにかく、若くて才能のある人間がいい。綱吉は天性のボーカルだと、骸はひそかに確信していた。あの声はさらさら出せるものではない。
 だが、今はこのザマだ。骸は顔を赤くして手を握ってよろよろとついてくる綱吉を振り向き、溜息をついた。
(さて、どうしましょうか)
 無事に綱吉を送り届けて、骸は綱吉の部屋からこっそりとっておいた住所表を見つめた。
(会いに行くのが無難ですよね)
 パララ、と住所表を捲り、真新しいインクの字が目に入った。あわてていたのか走り書きだ。字体が歪み、滲んでいる。綱吉の言う、昨夜の風呂上りの水滴だろう。骸は住所をメモすると、辺りを見回した。
(さて、と。行きましょうかね)
 骸はドラム探しに、一歩、踏み出した。




     




07 06 27 きなこ
07 12 06 改訂