D&d







 俺は下駄箱から真っ直ぐ教室、ではなくSOS団部室へと向かった。長門は高確率でそこにいるだろう。果たして、部室のノブを回せば長門がいた。いつものように隅で本に向かっている。
「長門」
 俺が呼ぶと長門は顔を上げた。俺が話を始める前に、長門は口を開く。
「事態は全て把握している」
 なら話は早い。もう一人の俺はいつ・・・・・いなくなるんだ?
「・・・・・・」
 ひとしきり三点リーダを発した後、こめかみに手を当てた。その様子は困ったときにやる仕草でもあったし、めがねを押し上げる動作にも似ていた。すぐに手を離すと、長門の目に困惑したような光が宿った。最近、だんだんと長門の微細な表情が読み取れるようになってきた気がする。
 結論として、長門の答えは芳しくなかった。
 解らない、と。俺の目を見ながら言ったからには、本当のことなのだろう。まさか長門が嘘をつくとも思えないしな。とはいえ困った事態に変わりはなく、HRの時間も差し迫っていたため、一時退去をせざるをえなかった。
「遅い」
 教室に着き椅子に座った俺への、ハルヒの開口一番がこれだ。他にももっと、おはようとか有体な事もある筈だが、ハルヒだからまぁいい。俺は疲れているんだ、そっとしておいてくれ。
 そんな内なる願いが届いたのか、岡部が教壇で話している間も、ちょっかいを出してこない。俺としてはとてもありがたい。そのおかげで、家にいるもう一人の俺のことを考える時間もできた。
 今のところ一番の問題は、衣食住のうちの食と住、これにつく。あいつの昼飯のこともある。夕飯は、俺が帰り際にコンビニ弁当でも買ってくりゃいいだろ。いかにも適当だが、俺の財政的にもそれで精一杯だ。だから夕飯は、一応これでいい。しかし、昼食は?学校から出て届けるしかないのか。あいつのいる場所は?俺の部屋にいつまでもいさせるのは、あまりに危険すぎる。いつ妹や親に見つかるか、たまったもんじゃない。
 こうやってあげてみると、問題の回答の目処がつきそうにないものばかりだ。忌々しい。脱力して机に突っ伏した俺の背中を、誰かが突いてくる。後ろにいるのはハルヒだけだから、誰かというのも面倒くさい。
「何か、具合悪そうね」
 授業中なのもあって、ハルヒは小声で俺に尋ねてくる。そりゃそうでしょうよ、もう一人の自分が現れたってのに、落ち着いていられる人に是非ともお会いしてみたい。ハルヒには言わないがな、んなこと。可哀想な目で見られて、それで終わりだからだ。俺は曖昧模糊に頷いておくことにした。
「何か変な物でも食べたんでしょ、食い意地の張ってるキョンのことだもの」
 お前には言われたくないセリフだね。それに、そんなことで具合が悪いのなら、俺だってもちっとぐらいは元気さ。
 力なくそう言った俺に、ハルヒは黙った。多分考え込んだような表情をしているんじゃないだろうか、俺の発言の真意を見抜くために。数分の沈黙の後、静かに息を吸い込むような音が聞こえた。後三十秒で休み時間だ。休息にありつける。
「悩み事でもあんの?」
 後十秒。俺は言ったもんかどうか悩んで、
「言えん」
 あの間の抜けたような音と共に、号令が掛かる。ハルヒは起立という言葉に背き、座ったままだったが、一礼の後に頭を上げようとした時、後頭部に鈍い痛みが走った。なかなかの力で叩かれたようで、一瞬目の前が暗くなる。フラッとした後慌てて上半身をあげ振り向くと、今度は平手打ちをされた。痛ぇ。
「あんたの事思って聞いてやろうってのに、このっバカキョン!!」
 おかげで、そう言い捨てて走り去っていったハルヒの顔は見えなかった。教室に冷えた空気が広がる。数秒後には戻っていたが、俺は取り残されたように呆然とするしかない。ハルヒのやつ、何であそこまで怒る必要があるんだ。
 力が抜けて椅子に座り込むと、谷口と国木田がニヤニヤしながらやってきた。特に谷口な。通常の倍はニヤニヤを増幅させているような笑みで、イライラしてくる。谷口は俺の頭に手をやって、ぐしゃぐしゃにかき回しながら痴話喧嘩か、などと聞いてきた。とりあえず、その股間を蹴り上げていると、国木田が俺の顔を覗き込んだ。
「涼宮さん、相当怒ってたみたいだけど、本当に何したの?まさか、痴話喧嘩じゃないでしょ?」
「当たり前だ、んなわけあるか」
 谷口が嘘だ嘘だと煩いので、仕方なしに一連の流れを話してやった。谷口は、
「ほーれ見ろ、やっぱ痴話喧嘩じゃねぇか!!」
 と言い張っているが、アホの言う事なので無視するとしよう。国木田はふぅんと興味なさげで、いかにも他人事ですと言わんばかりの相槌を打つと、俺の顔を数秒見つめてから溜息をついた。国木田に溜息をつかれるような事はしてはいないが。
「キョン、あんまり鈍感すぎると、いいかげん愛想つかされるよ。僕は別に関係ないけど」
 俺だってハルヒに愛想つかされるくらい、何てことないさ。そう言おうと思って顔を上げた時、教室の入り口の方から、例の厄介な男の声がした。
「あれ、涼宮さんはお留守ですか?」
 お留守という言い方は、いかなものかと思うぞ。
 古泉は、まだ一時間目の休み時間だというのに、肩に鞄をかけている。とすると、早退かなんかをするのであり、理由は一つしかない。ハルヒだ。ハルヒは俺のせいなのか、ご機嫌ナナメだったからな、また閉鎖空間を作ったに違いない。
 心の中で古泉以外の超能力者連中に謝りつつ、一人瞑想にふけっていた俺に、古泉は明るい声で話しかけてきた。
「今日の部活を休む旨を涼宮さんにお伝えしようと思ったのですが、いないのなら仕方ありませんね。お伝え願えますか」
 お伝え願えますかも何も、どっちにしろ言わんといかんだろうが。心のなかだけで、そうじゃなきゃ、また閉鎖空間に赴くことになるぞ、と付け加える。
「まぁそれもそうですね。理由は風邪、とでも言っておいてください。本当の理由は、」
 そこで一旦言葉を区切り、意味深にしたつもりだろうが大してそうも見えないウィンクをしてきた。古泉、谷口や国木田もいるんだ、妙なことすんな。それと、そんなもんに俺はトキめいたりしねぇぞ、気色悪い。
「つれないですねぇ」
 肩まで手を上げて、やれやれとでも言うように首を振る。口元にはいつもの柔和な微笑みが浮かべられていて、どこか芝居がかって見えるのはそいつのせいだろう。
 それでは、と言って、古泉はその場を辞そうとした。何となく焦っているようにも見える。もしかしたら、閉鎖空間の拡大スピードが速いのかもしれない。ハルヒの機嫌は下降する一方のようだしな。俺もそんな古泉を引き止めて、いつまでもウダウダと話をするわけにもいかないので、あぁとだけ言って手を上げるつもりだったのだが、ふと今朝の話をしてやろうという気になった。今回の件に関しては、古泉も大いに役に立ちそうだ。
「古泉!!」
 もう既に体半分が消えかけていた古泉は、数秒のタイムラグの後また姿を見せた。その顔が先程よりも焦っているように感じるのは、俺だけだろうか。
「はい、何でしょう?」
「また、学校に戻ってきてくれないか。昼休みでも、放課後でもいい。・・・・話が、あるんだ」
 俺がそう言うと、古泉は焦りも笑みの表情も消して、キョトンとした顔になる。だがそれも瞬間で、すぐに微笑みを浮かべた。だから、それは胡散臭いって。
「あなたがそんな風に言うぐらいですから、余程大事なお話なのでしょうね。いいですよ、また戻ってきましょう。ああ、涼宮さんには、さっきの伝言は伝えないで下さい。それでは」
 また手を上げて、楽しみにしておきますよ、と言い残すと扉の向こうへ消えていった。谷口がまた喧しく聞いてくるかもしれないな。そう思いつつ、僅かに軽くなった心持ちで、次の教科の準備をすることにした。もうそろそろもすれば、頭を冷やしたハルヒが、気まずそうに俺の後ろの席へ戻ってくることだろう。その時は許してやろうと思う。





古泉とやっと接触。
しかし、古キョンになるのかは微妙だ!!(ヲ
07 11 05 くしの実