D&d
一連の事の発端は、やはりと言うべきだろう。我らが神(古泉に言わせれば、だ。)涼宮ハルヒの発言だった。
「キョンが二人いれば、とっても便利そうね。キョンは雑用係に最も適してるし」
あーあ、いないもんかしら。
そう言って、ハルヒはつまらなさそうに唇を尖らせた。ハルヒが視線を飛ばす窓の外には、のんびりと白い雲が漂う。
あの時の俺は、こんな展開は想像していなかった。いや、実は心の奥底で気付いていたのだ。だが、まさかと思っていた、と言うべきが正しい。
そう、まさかと思っていたのだ。
時は秋。あのエンドレスだった夏も終わり、何事も起こらずに時は着々と進んでいた。
特に目立ったイレギュラーな出来事も起こらず、強いて言うならば朝比奈さんの素晴らしいファッションショーぐらいだ。新しい衣装はなかったのだが、それは良しとしておこう。それまでに朝比奈さんのナース姿やメイド姿というのは、何度見ても飽きないものだからな。
まぁ、一口に言えばまったく変わりの無い、それでも満足できる毎日を送っていた。俺はどっかの誰かさんみたいに、特殊事項は望まないタチだからな。逆に何もない方がありがたいさ。
しかし。やっぱりどっかの誰かさんは、もうすでに飽き飽きしていたらしい。古泉、お前草野球大会の時に涼宮さんを退屈させない方がいいですね、と言ってやがったじゃねぇか。この状況は涼宮ハルヒの退屈で起こったと考えて、まず間違いないだろう。そうじゃなけりゃ、この状況の説明がつかんだろうが。
俺は、そのまんまの俺と、向き合っていた。ちなみに鏡だったというオチはないぞ。俺の部屋には、全身映る姿見なんて女々しいもん、置いてないからな。
その俺は北高のブレザー姿で、静かに佇んでいる。俺?俺は上下スウェット、つまるところ寝起きってこった。突然の招かざると言えど、客に見せるようなもんではないな。だがスウェットを着ていたおかげで、混乱するのは免れた。もう一人の俺も、制服の着方がまるっきり同じで、まるで鏡を見ているようだったからだ。
俺は唖然としていた。当然だと思うね、自分の部屋にいるのがもう一人の自分だと?冗談じゃねぇ。
その俺は、唖然として開いた口が塞がらない俺を無視して、突然口を開いた。
「来る」
「は?・・・・って、おいっ」
何事かボソリと呟いた俺(ブレザー)は、ベッドの淵で俺(ブレザー)を見ていた俺を、って何だかややこしいな。とにかく俺を布団の中へ押し込んだ。勿論抵抗をしてみたのだが、何せ布団という案外狭いところだったからだ。5秒後には体はすっぽりと中に入り、その上俺(ブレザー)が押してくる。うげ、苦しい。
「少しだ」
少しだ、・・・・って何がだ。しかし、その意味はすぐに知るところとなった。妹が俺の部屋に入ってきたのだ。相変わらずノックはなしか。いい加減学習してほしい。
「キョーンくん!!朝ごはんできたよー」
底抜けに陽気な声が布団の中にいる俺に届く。妹はさらに、あれぇと付け加えた。
「もう今日はお着替えしてるのー?」
「・・・・あぁ」
「何か元気もないね。大丈夫?」
「・・・・・・すぐに行く」
俺(ブレザー)の声は呟きに近く、布団の中にいる俺の耳にはやや不明瞭だ。しかし、何故だか俺(ブレザー)の呟きは、手に取るように分かった。いや、分かったというか、閃いたというか・・・・。
「俺と同一人物だから」
妹が出て行き、俺が布団から這い出ると、もう一人の俺はそう言った。成る程、同一人物だから考え方も似てるのか。
「似ているんじゃない、同様」
同様ね。
とりあえず落ち着いた俺は、まず着替えた。さっき妹にブレザーの俺を見られたからな。スウェットで降りていったら、妹に質問攻めだ。そういや妹と言や、さっきはありがとうな。
「気にしない。面倒ごとが嫌いなだけだから」
本当にそっくりだ。俺も面倒ごとは嫌いだ。
着替えている間に俺は頭の中でまとめることにした。この事態は、まず間違いなくハルヒが起こしたな。ハルヒ以外に誰がいるってんだ。居るなら、俺んとこに来て教えてくれ。今までの事件とそいつが起こした事件の比率も持ってくることを忘れるなよ。
とまぁくだらんことを考えていたのだが、ふと気がついた。こいつ、食べる物とかはいらないのだろうか。
「いる」
俺(ブレザー)は、無表情で簡潔に言った。俺は口に出して尋ねた覚えがないが、俺と俺(ブレザー)は同一人物らしいので、向こうに伝わっていてもおかしくはない気がする。俺(ブレザー)はただし、と付け加えた。
「俺も人間という分類のため、好みはある。また、食べる量も同じ」
面倒くさそうだな、という考えを見抜いたのか、俺(ブレザー)はまた付け加えた。
「心配はいらない。味覚はオリジナルと同じ」
オリジナルって俺のことか。何だかオリジナルって言い方、癪に障るな。
いや、そんなことはいいのだ。こいつは一男子高校生と同じ量を食べるという。もっといえば、俺と同じ量を食べるのだ。これはなかなかの大問題じゃなかろうか。
しかし、そうしていつまでも俺の部屋で並んで立っているわけにもいかず、後数分もすればまたお袋に言われて妹が来るだろう。その前に下に下りることにした。もう一人の俺が心配なわけじゃないが、食事の間、二階から物音が聞こえる事は一度としてなかった。
早々に食べ終ると俺は自室へ戻り、俺(ブレザー)に言い含めると、坂の上の学校へと向かいだした。
部室に居るであろう有機アンドロイドに、早く会わなければいけない。
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